限界ライン下回るスルメイカ資源
スルメイカには日本海に広く分布する「秋生まれ」系群と、太平洋・日本海・東シナ海と我が国周辺に広く分布する「冬生まれ」系群がある。現行のスルメイカ漁獲枠である7万9000トンは、秋生まれは34.9万トン、冬生まれ4.9万トンの親魚が生息するとの当時の資源評価に基づき2022年に決定された。
しかし資源評価を担う「水産研究・教育機構」(以降「水研機構」)の科学者が24年末にアップデートした資源評価は極めて深刻な状態を示唆するものとなった。秋生まれの推定親魚量は9万トンと22年の評価から4分の1に下方修正、冬生まれは4.2万トンと推定された。
漁業法では、MSYに基づく「目標管理基準値(以下「目標ライン」と略)」と、ここを割ったら速やかに資源回復策を実施しなければならない「限界管理基準値」(以下「限界ライン」と略)を設定することを求めている(第12条)。新たな資源評価では、双方の系群とも限界ラインを下回ったと評価されており、「資源再建計画」の対象となる。
現行の「資源管理基本方針」では、個々の資源の漁獲枠は、資源水準が目標達成年に「目標ライン」に維持できているような範囲内で設定すること、目標達成年は原則として10年以内に設定すること、と規定している(同方針第2の2-(1)-①-ア及び別紙1)。水研機構の科学者達からは、今から10年後の34年に目標ラインのMSY水準に達成することは可能であり、そのためには漁獲枠は現行枠の約8分の1になる1万200トンに下方修正する必要がある、という資源評価が提示された。
この枠は直近の統計がある23年漁期の漁獲実績1万5700トンを下回っている。ということは、出漁の制限といった実質的な漁獲制限をしなければならなくなる可能性が高い。筆者も、ルール上当然そのようになるものだ、と予想していた。
乱獲放置のスルメイカ漁獲枠設定
ところが実際に水産庁が決定したのは、1万9200トンという、直近の漁獲実績をも上回る漁獲枠であった。現行のルールに則るならば、このような枠は明らかに過大である。
実は、この漁獲枠の設定に際して、ルールの方を曲げてしまったのである。先述の通り現行の資源管理基本方針では、資源再建計画の目標ライン達成期限は10年であり、禁漁しても目標ラインに達成できない場合に限り、例外的に達成期限を10年以上に延長してよい、となっている。
そこでこのルールで、目標ライン達成期限を10年以上に延長してよい例外として、「これまでの管理措置よりも著しく厳しくなる等、当該水産資源に係る漁業の経営その他の事情に鑑みて適切ではないと農林水産大臣が特に認める場合」という文言をつけ加えてしまったのだ。
簡単に言い換えるなら、「禁漁といった厳しい漁獲規制を入れてしまうと漁業者の経営的にしんどいな、と役所が認めた場合、目標達成期限を10年以上に延長してよい」ということである。スルメイカの場合、この例外規定を援用して目標ライン達成期限を20年後の2044年に再設定、1万9200トンという枠が設定された。ゴールポストの時間軸を動かしてしまったのである。
今回のスルメイカの事例では20年の延長だが、では最大延長はどこまでなのかは何も定めがない。従って、今後は「枠を削ったら経営に響くから」と判断されれば、30年であろうが100年であろうが10万年であろうが、達成期限を延々と後倒しにすることが文言上は可能である。