2025年3月26日(水)

絵画のヒストリア

2025年3月9日

 ルネサンス盛期のフィレンツェを襲ったペストの猛威のもと、猖獗(しょうけつ)を極める都市を逃れた10人の若い男女が、美しい田園の別荘にこもって10日間、思い思いの恋愛譚やユーモラスな艶笑話を披露する。

 ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』はそんな、危機のなかの人間のアイロニーをたたえた物語である。

 1347年から52年にかけて、地中海一帯を襲ったペストは世界史で二度目の大規模な流行となり、欧州だけで全人口の30~40%にあたる2500万人の死者を出したといわれる。なかでも当時、イタリアの都市国家で最大の7万5000人を抱えていたフィレンツェの人口は半減した。

 〈快癒する者はまれであったばかりでなく、ほとんど全部の者が、兆候があらわれてから三日以内に、多少の遅速はありますが、大部分の者が発熱もせず、別に変ったこともなく、死んでゆきました。このペストは、それは驚くべき力をもっていました〉(ボッカッチョ『デカメロン』柏熊逹生訳)

 『デカメロン』が冒頭で描くのは、この疫病がフィレンツェの市民の日常を分け隔てなく襲って瞬く間に命を奪う不気味さであり、家族や友人たちも選ばずにその感染の輪を広げて社会全体を恐れと疑心の渦に巻き込んで行く、その規模の大きさである。

 「ああ、由緒すぐれた家系や、莫大な遺産、名だたる財宝で、正しい相続者を失ったものが、どんなに多いことでございましょう」。フィレンツェの城内だけで10万人以上の命を奪った惨禍へのこんな無常の嘆きのあとで、『デカメロン』の第一話の語り手の女性、パンピネアは酸鼻な都市から脱出した、田園での若い生命の謳歌を語りはじめる。

『デカメロン』ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 、1916年(英レディ・リーヴァー美術館所蔵 (ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)

 〈道理の垣根をこえないように心がけながら、精一杯はしゃぎまわり、陽気にふるまい、逸楽に興ずることが何よりだと存じます。そこでは小鳥のさえずり歌うのが聞こえ、丘や野原が緑に色づき、穀類で隙間のない畑が海原のごとく波打ち、色とりどりの木立がしげり、大空が果てしなく広がっているのが目にはいります〉

 現実が過酷であればそれだけ、そこから逃れてあるわが身の僥倖を歓び、楽しもうという「刹那の喜びと享楽」へ向かって、パンピニアは「今日はここ、明日はかしこと、この時世にできるだけの愉悦や歓楽にふけること」を提案するのである。


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