2025年12月5日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2025年4月3日

 ソフトパワーは、国家の力の一部分にすぎない。それは、ハードパワーと組み合わせることで、矛盾なく相互に強化されるべきものだ。民主的な価値観だけがソフトパワーの源泉ではない。

 国が「善意を持ち、有能である」という評判も、他国からの魅力を高める。しかし、正当性は重要であり、民主主義や人権を重視する世界において、それらの価値観と合致することはソフトパワーの重要な源泉となる。

 真のリアリズムは、リベラルな価値観やソフトパワーを無視しない。しかし、トランプのような極端な自己陶酔者は真のリアリストではなく、米国のソフトパワーにとり今後の 4 年は厳しい試練が続く。

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ソフトパワーの再定義と発展

 ナイ教授は、トランプ大統領について、「トランプは、ソフトパワーを理解していない。不動産業界での経歴は、彼に『強制』と『取引』に限られた極めて歪な権力観を植え付けた」と厳しく批判する。トランプの問題は正にそこにある。

 さらに、「トランプのような極端な自己陶酔者は真のリアリストではなく、米国のソフトパワーにとり今後4年は厳しい試練が続く」と言う。同時に、ナイは、「米国には回復力と改革能力がある」と、ナイ特有の米国の力への楽観主義を披歴する。

 しかし、トランプによる米国のソフトパワーの毀損は不可逆的に近い。回復はそう簡単ではないだろう。米国は、大統領の資質をこれ程欠く人間を二回にわたり、大統領に選出した。

 ナイのこの記事にはもう一つの目的があるように思える。それは、ソフトパワー概念を提唱して約40年、ナイはトランプの登場や世界の大変化、中国の台頭、他の国際政治学者等からの批判等を踏まえて、自らのソフトパワー論を再定義し、発展させたいのだろう。ナイの議論には、①概念が曖昧、②西洋のリベラルな価値観の過剰評価、③ハードパワーとソフトパワーの関係、④ソフトパワーの過剰評価、⑤非国家アクターの台頭などの批判があった。しかし、ナイは、この記事で次のように述べる。

(1)「魅力は受け手の認識によって決まり、国によっても、また国内のグループごとに異なることがある」と述べ、その相対性を認める姿勢を見せる。

(2)「ソフトパワーだけでは十分ではないので、指導者はハードパワーに誘惑される」と述べ、リアリズムの議論の中でもソフトパワーは有効だと主張しているようだ。

(3)「民主的な価値観だけがソフトパワーの源泉ではない」、「国が‘善意を持ち、有能である’という評判も、他国からの魅力を高める」と言う。ソフトパワーは民主主義に限定されないと言うのであろう。

(4)「中国のソフトパワー戦略は、普遍的な共産主義の宣伝ではなく、取引を重視する」。ソフトパワーが西側に限定されないことを指摘する。


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