経済の常識 VS 政策の非常識

2014年5月15日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 やむを得ず、政府はお金を刷って払ったのである。どうしようもなかったことはエリートの無能の故ではない。だから、ドイツのエリートは、インフレによってナチスが台頭したという物語を作ったのである。

 もちろん、ドイツの知性は、このことによって打撃を受けた。戦前、世界の学問の中心はドイツだった。自然科学はもちろん、経済学でも社会学でも心理学でも、ドイツが世界の知をリードしていた。ところが、戦後、見る影もない。偽りの社会では社会科学は育たないということだ。

デフレが日本を誤らせた

 翻って日本のことを考えよう。日本での大恐慌は、昭和恐慌と呼ばれる。これは浜口雄幸と井上準之助が主導したデフレ政策によって始まる。しかし、すぐに大失敗と分かり、高橋是清のリフレ政策によって経済が回復する。日本は世界大恐慌の中で、最初に回復に成功した国となった。ドイツの場合は、デフレで失敗したのはエリート、リフレ政策を行ったナチスは、ならず者と言って良い集団であるが、日本の場合は、どちらもエスタブリッシュメントであり、エリートである。失業率が4割に達するような大惨事になる前にリフレ政策を行ったので、人々のルサンチマンが沸騰することはなかった。

 昭和恐慌から脱却した32年から30年代半ばまでの日本が豊かで、幸せであったことは、多くの観察者が証言している。山田洋次監督によって映画化された中島京子著『小さいおうち』(文春文庫)もそういう時代を描いている。

 ここで31年9月の満州事変が大きな影響を持つ。不況の真っ只中でわずか1万人の日本軍が30万人以上の満州軍を追い払い、翌年、傀儡国家を作った。そしてすぐに景気が回復した。人々は、リフレ政策ではなく、満州事変により大陸進出の機会を作ったことが経済回復の原因だと誤解したのである。

 たしかに、傀儡国家の建設には、官吏などの知的労働者が必要となり、大卒の就職が好転したのは事実である。しかし、経済回復とともに満州国に行く人材は払底してしまったので、破格の待遇で人材をかき集めるしかなかった。結局のところ、経済回復で生まれた税収増で、満州国日本人官吏の給与を払ったのである。

 歴史的経緯を整理する。デフレ政策によって民衆のエリートへの不信が生まれた。絶好のタイミングで行われた満州事変の成功により軍の権威が強まった。満州国の建設は巨大な利権であり、その利権にひれ伏す人々を生み出した。それが日本を誤った道に行きつかせた。戦争とは、借金をしながら軍備を拡張することなのだから、特に敗戦となればインフレになるのは当たり前である。デフレ政策が軍の権威を高め、軍がインフレを引き起こしたのであって、リフレ政策がインフレを引き起こした訳ではない。インフレよりもデフレが怖いのは明らかだ。

◆WEDGE2014年4月号より









 

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