2025年12月5日(金)

深層報告 熊谷徹が読み解くヨーロッパ

2025年6月20日

 イスラエルが実際に核兵器を持っているとすれば、ベギン・ドクトリンは同国が中東において核兵器を独占する一方で、周辺諸国・敵国に対しては核兵器の保有を禁じるという、優越性の保障のための国防戦略の一環だ。イスラエルを敵視する周辺国の目には、「なんと身勝手な戦略だ」と映るに違いない。

 しかし「中東地域のその後の不安定な情勢を考えると、原子炉が破壊されたことは西側にとって幸いだった」という見方もある。21世紀に入ってイラクとシリアでは内戦が悪化した。特に11年3月に勃発したシリア内戦では、アル・キバール原子炉があった地域は一時テロ民兵組織イスラム国(IS)によって制圧された。このため欧米の安全保障専門家の間には、「もしもアル・キバール原子炉が破壊されずに稼働していたら、ISが放射性物質を入手し、西側諸国に対するテロ攻撃に使う恐れもあった」という指摘もある。

中途半端な核施設破壊では終わらせない

 筆者のイスラエル人の知人は、「イランの核開発計画は、イラクやシリアよりもはるかに進んだ段階にある」と述べ、核関連施設を使用不能にすることの重要性を指摘した。欧州には、戦争が引き金となって現在のハメネイ政権が崩壊してイランが混乱状態に陥った際に、核物質がテロリストなどの手に落ちる事態を懸念する声もある。

 テロ組織は通常の爆弾を使って放射性物質を撒き散らすダーティー・ボム(汚い爆弾)などをイスラエルや欧米に対して使用するかもしれない。その意味で、他国からの批判を覚悟の上で、ベギン・ドクトリンの三度目の発動に踏み切ったイスラエルが、核施設の破壊を中途半端に終わらせるとは、到底思えない。イスラエルは米国政府の力を借りても、地下深くに設置された核施設の破壊を試みるだろう。

 米国のシンクタンク外交問題評議会によると、米国が1946年から2024年までにイスラエルに対して供与した軍事援助額の合計は2280億ドル(31兆9200億円・1ドル=140円)にのぼる。米国が単独でこれだけの軍事援助を行っている国は、イスラエル以外にない。

 米国はイスラエルを、中東地域での軍事活動、諜報活動のための重要な拠点と見ているからだ。しかもトランプ大統領は親イスラエル的傾向が強い。筆者は、米国がイスラエルの求めに応じて、フォルドウの核施設に対して、バンカーバスターによる攻撃を行う可能性はゼロではないと考えている。(敬称略)

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