「相手の持ち札を知る」──財閥・PE投資先から探るM&Aの逆指名戦略
ASEANのビジネスシーンで大きな存在感を持っているのは財閥だ。類型Iのケースで言及したタイのCPグループを筆頭に、インドネシアのサリムグループ、フィリピンのアヤラグループなど、非常に広範なセクター支配力を有し、その国の経済に大きな力を持つ大財閥が多数存在する。
またASEANでは、プライベート・エクイティ(PE)ファンドの活動も盛んであり、国をまたがって多数のポートフォリオを保有している。M&Aの類型IVは、財閥やPEのマネタイズニーズに基づいて発生するものであるが、「Takeしたいものの逆指名」という点ではこれまで論じてきたものとアプローチは同じである。
まずPEへのアプローチから考えてみよう。上記で述べたセクター分析同様、最初にやるべきは有力PEのポートフォリオの徹底した理解である。どの国のどんなセクターに投資をしているのか、また投資サイズはいくらでビンテージ(投資後の経過期間)はどのくらいか、などを整理することはPEアプローチのイロハの「イ」である。このリサーチを通じて逆指名すべきターゲットが見えてくるのである。
その上でやるべきことは、特定ターゲットに対するPEの企業価値向上戦略及びExit戦略の理解である。この作業は外部情報だけではなかなか収集できないため、当該PEと直接のリレーションを構築して一次情報を取得していく必要がある。ここでポイントになってくるのが、PEの企業価値向上戦略に対して、どのような追加的な付加価値が提供できるかということである。
PEはあくまで時間軸を意識して投資を行っており、Exitのタイミングは事業の成長だけでなく、マクロ環境や政策誘導、投資先の再編動向などとも連動している。したがって、たとえば「この2社はそろそろ売却候補ではないか」「この業種における統合を模索しているのではないか」といった予測を立てることで、未公開案件に先回りすることが可能となる。
一般的にPEは投資後3年から5年でExitをしていくが、PEのポートフォリオの中には長期にわたって継続保有されているものもある。これは企業価値向上がうまくいっていない可能性があり、そのようなターゲットに対して付加価値を提供できるのであれば、オークションではなく相対でDealができる可能性はグッと高まる。即ちここでもTake & Give戦略は機能するのである。
一方で、財閥に対する分析は複雑だ。PEは必ずExitを行うが、財閥は基本的にM&Aを通じてグループを大きくさせる、つまり日系企業同様、「買い手」であることが多いからだ。財閥へのアプローチは、PE同様、その事業ポートフォリオの理解が基本となるが、好調vs不振、コアvsノンコア、世代交代による注力分野の変化等を加味しながら分析していく必要がある。
しかしながら、不振事業が必ずしもノンコアとは位置付けられない。ファミリーの祖業が不振に陥ってもなかなか売却の決断には至らないからだ。また世代交代が発生すれば、息子・娘たちは父親とは違ったアングルでビジネスを行なって認められたい、という欲求を抱きがちである。このような感情やしがらみに基づく非合理性(ウエットさ)は、PEには存在しないものである。
それでも、“Take”すべき機能を有するターゲットの逆指名というアプローチはここでも共通である。そしてファミリーの経営課題を把握し、それに対してSolutionを提案(“Give”)することもこれまで同様である。ただしファミリーの中の誰にどのような提案をすれば良いかが問われることになるので、難易度はPEへのアプローチの日ではなく高いものになる。例としてタイの大財閥TCCグループの事業系統図とファミリーの権力構造を掲げるので、あなただったら何を提案するかを考えていただきたい。
ここでは類型IVというマネタイズニーズの文脈で財閥を語っているが、財閥には類型IIの成長資金が必要なケースも、類型IIIのリストラが必要なケースも存在する。そして何より、類型Iのグループ全体との資本業務提携というニーズが発生してくるかもしれない。それはひとえに彼らの「持ち札」を読み解く知性─すなわちDeal Intelligenceの実践の帰結なのである。
これは、一朝一夕に身につくものではない。日頃から情報の蓄積とアップデートを怠らず、関係者との対話を通じて現場感覚を磨いていくことが、最終的に逆指名戦略の成功率を大きく高めるのである。逆指名戦略の鍵は、結局のところ「人間関係」に帰結するのかもしれない。
本稿ではDeal Intelligenceの視点から、ASEANでのScheduled型M&Aの実現に向けた考え方を提示してきた。次回は、逆指名した相手といかに案件に発展させるかというDeal Creationについて解説したい。
To Be Continuedである。


