2025年12月5日(金)

終わらない戦争・前編沖縄

2025年7月10日

 米国を代表するジャーナリストで「ステレオタイプ」の概念を提唱したウォルター・リップマンは、著書『世論』(岩波文庫)の中で、こう述べている。

 「われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。(中略)そしてこうして拾い上げたものを、われわれの文化によってステレオタイプ化されたかたちのままで知覚しがちである」

(KOKOROYUKI/GETTYIMAGES)

 この指摘は「ステレオタイプ」な見方によって、沖縄の現実が一面的に語られていないか、我々に警鐘を鳴らしているようにも思える。なぜなら、米軍基地問題や沖縄戦をめぐる歴史認識、国による沖縄経済振興策の是非などの議論は、しばしば、「YESかNO」の〝二者択一〟で語られる(迫られる)ことが多く、混沌状態となりがちだからである。客観的に捉えようとしても、「どちらの意見が正しいのか」判断に迷うこともしばしばだ。

 一方、ステレオタイプな情報だけでは、沖縄問題の全体像を捉えることは困難である。しかも、近年ではメディアを通じた「大きな声」とSNS上での「真実」との乖離が大きくなっている。このままでは、国民の分断をさらに深め、沖縄県民の間にも溝や亀裂を生じさせ、不要な対立を招くことにつながりかねない。

沖縄の「小さな声」に
耳を傾け続ける

 「生まれも育ちも京都である私が、沖縄の人々の意見を代弁できるわけではないが、沖縄の人と結婚して子育てをし、日々の暮らしを共有しながら、地域に根付くことで、メディアで語られるイメージとは異なる日常があることが分かった。

 沖縄には、短期滞在や単身者の移住では、決して見えないもの、理解できないことがたくさんある」

 こう語るのは、本島在住の主婦、宮武実知子さんだ。

 かつては駆け出しの研究者だったが、2008年に結婚して沖縄へ移住。現在は主婦業の傍ら、フリーランスで執筆や翻訳をしている。

 宮武さんは「いかなる理由があっても、戦争は肯定できないし、沖縄で民間人の犠牲が大きかったことは事実。多くの報道・書籍・語り部による戦争経験の保存には価値がある」と強調する。そのうえで、「生活するからこそ出会えた人々の『小さな声』は、こうしたメディアには載らない」と話す。

 「小さな声」とは何を指しているのか。宮武さんはこう続ける。

 「たとえば、沖縄戦当時、司令部と行動をともにしていた事務員の女性から話を聞いたことがある。彼女は同行を強制されていたわけではない。しかし、話を聞くうちに分かったことは、『自分の島を守らなければ』という強い意志を持ち、最後まで残り続けたということ。その決意や思いに私は深い驚きを覚えた。

 彼女の話は、決して戦争を肯定も美化もしない。しかし、『日本軍=加害者』『軍人=悪人』というステレオタイプがメディアを支配する社会では、表立って語られてこなかった。沖縄戦を生きた人の経験や思いは十人十色だ。身内だけに小さな声で語られてきた真摯な思いや悲しみは、行き場のないまま消えていこうとしている」


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