2025年12月6日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2025年9月1日

 マルクス主義は、経済が変われば社会や文化も変わるという思想(唯物史観)である。

 中共は、今や中国の経済と技術の力が圧倒的なものとなり、中国内の全ての民族はかつてなく互いに往来し地域と国家を共有している以上、あらゆる宗教と文化からも個別性を抹消し、中華文明・「中華民族共同体」の大きな関係性の中ではじめて活力を得ていると表現すべき段階になった、と断じている。

2006年8月、青海チベット鉄道全通直後のラサ駅。今となっては信じられないかも知れないが、過酷な自然環境に対応した機関車は米国ゼネラル・エレクトリック製で、冷戦後の一時期の米国が如何に中国に対して好意的だったかを物語る(筆者撮影)

日本も「中国化」の強権と無縁ではない

 以上を踏まえれば、今日の習近平政権がチベット(そして新疆・南モンゴル・香港など)で行っている極めて抑圧的な政策は、もちろん習近平氏の自己顕示欲や強烈なナショナリストとしての性格の現れかも知れないが、本質的には近現代の国民国家・主権国家中国が清末に生まれた当初から、チベットと中国の関係に深刻なひずみが生じ、それを強引に縫合しようとして失敗を繰り返した先に行き着いたものである。経済力を踏まえた「今度こそは」という発想がことさらに抑圧を強めている現象は、単に習近平思想の問題というよりは、近現代中国史全体の問題だということになる。

 このような中国がグローバルな価値観を西側諸国と共有するという冷戦終結後の見立ては、そもそも希望的観測による砂上の楼閣に過ぎなかった。それだけに近年、ダライ・ラマ14世と中央チベット行政府(亡命政府)を中心とした、チベット人の主体性がより一層尊重されるかたちでの中国との共存を求める活動が西側諸国で支持を広げつつある。

 去る6月2日から4日には、日本の衆議院第一議員会館にて「第9回チベットに関する世界国会議員会議」が開催され、チベットのアイデンティティーと文化の保持、チベットの人権と宗教的自由の促進、ダライ・ラマ代表部と中華人民共和国の対話促進・アジアの水資源保護のためのチベット自然環境保全などを求める「東京宣言」が発出された。また、7月2日にはダライ・ラマ14世が、今後のダライ・ラマの継続を確約しつつ、次代の15世選びにおける中共の介入可能性を全面的に拒否する宣言を行った。

 このような流れに対して中共は当然神経を尖らせており、かねてから台湾との関係を深めているチェコのパヴェル大統領がダライ・ラマ14世と対面したことをうけて、この8月12日には中国外交部が「今後パヴェルを一切相手にせず絶交する」という宣言をしたことも記憶に新しい。

 したがって、今や米中対立やウクライナ問題・台湾問題も含めて中国の一挙手一投足がますます注目される中で、「中国化」の抑圧と承認欲求が極限に達したチベット問題をめぐっても、西側諸国がどのような立場を示すかが問われており、日本も他人事ではない。

 とりわけ現在、中国では「抗日勝利80周年」にあたり反日気運が噴出している中、台湾問題を解決するついでに徹底的に日本を改造し、既存の体制・秩序・観念などあらゆるものを解体する代わりに(場合によっては日本という国号や独立も否定し)、中国の恩恵と正しい歴史観に従順な人々をつくれ、という言説が広がりつつある(例えば『観察者網』の投稿「我們終将把“改造日本”提上日程」)。

 「中華民族の偉大な復興」なるものの中に、疑う余地もなく新たな帝国主義的性格が見えつつある中、まず中国の中で如何なる論理によって抑圧が加速しているのかを、日本自身の安全保障の問題として考えるべき段階に来ている。

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