ヒマラヤの北に広がるチベット高原は「世界の屋根」であり、その中心地であるラサ(聖地の意)でも標高は富士山頂並みの約3700メートル(m)ある。平地から突然飛行機でラサを訪れれば高山病で命を落とす可能性があり、一国の指導者がもしそうするのであれば、それ自体が安全保障上の甚大な懸念事項である。
それにもかかわらず中国の習近平氏は去る8月20日、チベット自治区の成立60周年を祝うため、専用機でラサの地を踏んだ。
習近平氏は到着早々、自治区幹部による報告会に出席し、チベットのあらゆる物事が中国共産党(以下、中共)の導きのもと、天地が翻るような変化を遂げたと自賛した。その上で、今後チベットがさらに「中華民族共同体意識(漢族と55の少数民族が単一民族であるかのような共同性で団結しているということ)」のもとで強く一体化するためにも、言語面での「全国通用語言文字(華語標準語)」普及と、内地・各民族との大規模な交流を推し進めるべきだと強調した。
そして習近平氏は翌21日、チベットを代表する巨大建築にして、歴代ダライ・ラマの居城とチベット政府庁舎を兼ねていたポタラ宮殿の前で、自治区成立60周年記念式典に臨んだ。
中国のメディアは、「中共中央総書記・国家主席・中央軍事委員会主席が自治区成立記念式典に出席し、また4年前に同じ資格でチベット平和解放式典にも出席したのは、党と国家の歴史上初めてのこと」と説明し、習近平氏がチベットに並々ならぬ縁と思い入れを持っていることを強調した。そして、習近平氏を歓迎するべく動員されたチベットの人々の姿や、「北斗星を望めば道に迷わないのと同じく、共産党とともに歩めば幸福になる」といった類の、まるで毛沢東時代を彷彿させるスローガンとともに、習近平氏を核心とする中共中央こそチベットと中国を救うという趣旨を喧伝した。
習近平氏が72歳の高齢にもかかわらず、高山病のリスクの中で一連の予定をこなしたことは、健康不安説を払拭するのに十分である。また、8月31日に天津で開催される上海協力機構首脳会議、そして9月3日の抗日戦争勝利80周年記念式典と合わせ、経済不振だからこそ自らが「反帝抗日・国家の統一・富国強兵」という中国ナショナリズムの大義を担って奮闘しているのだという姿を見せて求心力を高める意図が明らかであろう。
