また、講話では世界反ファシズム戦争において、世界の人々に大きな犠牲が出たことが取りあげられ、追悼の言葉が述べられた。その一節を抜き出してみよう。
「あの戦争の炎はアジア、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアにまでおよび、軍民の死傷者は1億人を超えた。そのうち中国の犠牲者は3500万人以上、ソ連は2700万人を数えた。歴史の悲劇を二度と繰り返さないことこそ、人類の自由・正義・平和のために犠牲となった英霊や、虐殺された無辜の亡霊への最良の追悼である」
これに対し、25年の講話では「東方主戦場」や犠牲の規模に関する言及は消えた。世界反ファシズム戦争という言葉は残っているものの、講話と閲兵式で打ち出されたメッセージはまったく異なる。
それは「抗日戦争の勝利は中華民族復興の歴史的転換点」であるというもの。つまり国際協調ではなく、中国国内における中国共産党の正統性の誇示へとシフトしている。
また、15年の講話では「中国は永遠に覇権を求めない」と断言し、30万人の軍縮を発表したが、25年にはそうした国際社会への安心材料は示されなかった。代わって「中国式現代化は平和発展の道を歩む現代化であり、中国は永遠に世界の平和・安定・進歩の力である」と、中国自身を「平和の提供者」と定義する自己完結的なメッセージが中心となった。
“あちら側”へ向かう中国
参加者の顔ぶれにも変化がある。15年の閲兵式にはフランス外相、イギリス首相特使、米国外交官らが出席したが、25年は参加した場合でも参加者の職位を下げることで距離を取った。
なにより15年には韓国の朴槿恵元大統領が参加していたが、今回は北朝鮮の金正恩総書記に代わっている。習近平総書記、プーチン大統領、金正恩総書記が横並びで歩く姿は、世界に衝撃を与えた。
「中国をロシアと同じ側に行かせてはいけない」
昨年、ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎客員研究員と対談した際、記憶に残った言葉だ。米中対立が続く中、米国を中心とした陣営、中国とロシアを中心とした陣営、両者の間で揺れるグローバルサウス、こうした図式で世界情勢が説明されることが多い。しかし、三尾氏は「中国自身はまだロシアとは一線を引いている」と分析していた。
確かにウクライナ戦争においてもロシア寄りであることは間違いないが、表だって兵器や軍需物資を支援するような動きはしていない。北朝鮮に対しても、国連決議に応じた制裁は行ってきた。
意外に思われるかもしれないが、中国は良好な対米関係、米国による安定した国際秩序、グローバリゼーションといった要因のもとに成長してきた。もし可能であるならば、これまでと同じ国際環境で成長を享受したいと考えるのはむしろ自然だ。
そのため、中国は関係回復の糸口を探ってきた。しかし、今回の閲兵式での姿勢、プーチン大統領と金正恩総書記との3ショットを見るに、その努力を放棄したように思える。中国は “あちら側”に言ってしまったのだろうか。
