第2次トランプ政権で高まる世界経済の不確実性
米第2次トランプ政権に世界中が翻弄されている。
同政権に対する見方は、2025年1月20日の政権発足直後こそ、現実路線を志向するとの楽観論が浮上していた。しかし、2月の違法薬物や不法移民の米国への流入に対抗したカナダ、メキシコ、中国への追加関税を皮切りに、関税を武器に各国・地域に厳しい通商交渉を迫っている。さらに事態を複雑化させているのが、同政権のスタンスが流動的なことである。例えば、4月頭に導入したベースおよび相互関税では発表を受けたマーケット等の混乱を背景に、相互関税分の90日間の留保を決定した。その後は、各国・地域の出方等を見極めつつ、個別に取引条件を設定している。
このように情勢が日々刻々と変化するなかで世界経済はかつてない不確実性に見舞われている。世界各国、特に途上国は自国の成長シナリオの見直しに直面し、企業は海外事業戦略を考え直す必要に迫られている。ASEAN各国も当然例外ではなく、長年にわたる投資で同地域に深く根付いている日本企業はASEAN事業を外部環境の変化にどのように対応させていくべきかについて考えを巡らせているであろう。そして、こうした状況においては、各国の成長という基本的な条件への関心が高まっていると想定される。
一方、近年、日本企業はASEAN各国のなかでも特にベトナムに強い関心を示してきた。実際、国際協力銀行が実施・発表している「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」の2024年度版では、中期的な有望事業展開先国・地域として、ベトナムが31.3%の得票率を獲得し、インド(得票率:58.7%)に次いで2位にランクインした。
また、日本貿易振興機構の「2024年度海外進出日系企業実体調査」においては、ベトナムに進出済みの企業の56.1%が今後1~2年の事業展開の方向性を拡大と位置付けており、ASEAN各国のなかでは最も高い割合となっている。両調査とも日本企業がベトナムに注目する最大の理由として、現地マーケットにおける需要の将来性や拡大があげられており、日本企業がベトナムの成長について非常に注目している状況が読み取れる。
そこで本稿では前・中・後の3編編成で、ベトナムがこれまでどのように成長し、その成長にリスクはないのか、そして、日本企業が今後もベトナムの成長に期待するのであればどのような点を注視しておく必要があるかを整理していきたい。まず、前編ではベトナムのこれまでの成長の軌跡と特徴について言及していく。
輸出志向製造業で順調に成長する近年のベトナム
国際連合のデータベース「National Accounts Main Aggregates Database」によると、2023年のベトナムのひとりあたりGDPは4282米ドルであった。リーマン・ショック時には1000ドル強であったことから考えると、ベトナムは約15年で4倍近く所得水準を上昇させたことになる。この成長ペースは、ベトナムより先発して工業化で発展したマレーシアやタイの歩んだペースと比較しても遜色なく(図表1)、ベトナム経済は順調な成長を遂げている、と捉えて差し支えないであろう。
ベトナムにこの順調な成長をもたらしたのは、輸出志向型の製造業であった。図表2はベトナムの実質GDPの構成を生産サイドと支出サイドでみたものである。
まず、生産サイドでみてみると、86年の実質GDPに占める製造業の割合(工業化率)は12.0%にすぎなかったが、23年には25.1%に上昇している。これはベトナムより先発して工業化で発展したマレーシア、タイが同程度の所得水準であった時と比較しても決して見劣りしない水準(マレーシア:23.6%、タイ:29.8%)である。この工業化で生み出された製品はベトナム国内よりも海外に供給された。実質GDPに占める輸出の割合は90年頃から順調に上昇を続け、リーマン・ショック以降はそのペースを一段と急なものにし、23年には87.0%に達している。
なお、実質GDPに占めるサービス業の割合も上昇しているが、民間消費の占める割合が低下傾向にあることを踏まえると、消費の増加に伴いサービス業が拡大した効果よりも製造業に関連したサービス業が工業化の進展に伴って成長してきた効果のほうが大きいと考えられる。
ベトナムの輸出指向型製造業の主人公は外資企業であった。ベトナムへのFDI(対内直接投資)は90年代前半の第1次ベトナムブームのなかで二輪車メーカー、衣料品、靴を中心に盛り上がった。その後、00年代半ばごろまでは大幅な増加はなかったものの、毎年名目GDPの5%以上のFDIが安定して流入し続けた。そして、10年以降は、米韓の電気機器・電子部品メーカーが相次いで工場を設立するなど、再びベトナムへの投資が大きく盛り上がる状況が続いている。ベトナム国家統計局のデータによると、22年末の製造業へのFDI残高は2614億ドル、名目GDP比では63.7%に達している。
外資企業の貢献度合いは輸出の内訳からも確認できる。ベトナムの輸出に占める外資企業による輸出の割合は95年の段階では27.0%であったが、03年には過半となった。さらに、その後も上昇を続け、23年は73.0%が外資企業から輸出されている。


