「グレートリセット」は起きない
円安になれば、輸出製造業を多く擁する日本経済にとっては良い効果を与えるのではないかと考える読者もいると思う。残念ながら、国内物価を原因とした円安は、国際競争力に関係する実質為替レートに影響を与えないので、国際競争力を向上させない。
その結果、円安は輸出には有利にならず、輸入を一方的に不利にするので、輸出で稼いだお金で手に入れられる輸入品が大幅に減少してしまう。これまで当然のように手に入っていたものが購入できない、手に入らないという経済破綻が現実となり、大多数の国民生活は極度に困窮することとなる。
ハイパーインフレは一度テイクオフしてしまったら、止めるのは非常に困難である(注2)。終戦直後には、公定価格による物価統制は闇市が生まれただけで全く効果がなく、預金封鎖、新円への切り替え、さらに最高税率90%にも及ぶ財産税、そしてドッジラインによる強力なデフレ政策によってようやく収束した。
このように、終戦直後に相次いで実施されたハイパーインフレを止めるための政策は、強烈な累進性を有していたために、金融資産であれ実物資産であれ、資産を多く保有する富裕層が没落するなど、莫大な政府債務の実質的な解消とともに、社会階層がいったんリセットされる「グレートリセット」が発生した(注3)。
こうした終戦直後の「グレートリセット」を引き合いに、今般の財政危機に関しても「グレートリセット」を望む若者世代が存在するのも現実だ。確かに、終戦直後のハイパーインフレでは、戦時中に蓄積された政府債務が事実上解消された実績もあり、若者世代の債務負担は実質的に軽減されるだろう。
しかし、その一方で、ハイパーインフレの昂進の結果、国民の預貯金資産の実質的価値も同時に喪失してしまった事実も見逃せない。
しかも、敗戦により連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下にあった当時とは異なり、今次局面では、GHQのような日本国憲法を上回る「超法規的な権威」が存在しないため、私有財産制度を無視するかのような政策は採用されないし、採用されたとしても違憲とされるだろう。
このように、ハイパーインフレが発生すれば、インフレに弱い預貯金が資産の大半である一般庶民が大きな損害を受ける一方、実物資産を多く保有したり、金融資産を海外に逃避させることができる富裕層ほど影響は受けない。
結局、今次局面においてハイパーインフレが生じたとしても、グレートリセットは起こらず、持てる者はさらに富み、持たざる者はさらに失うため、貧富の格差は一層拡大することが懸念される。
(注2)ハイパーインフレの昂進を防ぐためには利上げと市中からのマネーの引き上げが必須となるが、それは更なる景気の低迷と国債価格の暴落を惹起し、国債離れに拍車がかかる。魅力が下がった国債を安定して消化するには日銀が買い進めるしかないが(そうしなければ財政資金が手に入らず日本政府が行き詰まってしまうだろう)、それは国債と引き換えにマネーを市中に放出してしまうことを意味するのだから、インフレを促進してしまう。このように、更なるインフレを防ぎ国債の安定消化を続けるには、日銀の役割は大きいのだが、実体経済への悪影響を覚悟しない限り、実は日銀は無力なのだ。
(注3)ただし、財産税は地主や華族といった旧来の資産家を没落させたにすぎないとの説もある(鈴木武雄『現代日本財政史第1巻』1952年東京大学出版会)。

