2024年7月14日(日)

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2014年6月4日

日本独特の「マンガ的リアリズム」

 こうしたコント的な表現とは、マンガ的リアリズムともとても親和性があるものだ。というよりも、日本のコントの多くはギャグマンガの影響を強く受けている。それは、現実をそのまま写し取ることを目標とするリアリズムとは異なる、コント的あるいはマンガ的と呼べる日本独特のリアリズムである。

 具体的に『テルマエ・ロマエII』でマンガ的表現として指摘できるのは、やっぱり日本語の吹き替えをいとも簡単に可能にした点だろう。それに違和感を覚えないのは、その表現がコント的であり、同時に観賞者が言語の壁を簡単に超えるマンガ表現の文法(ルール)を無意識的に採用しているからである。もちろんそれ以外にも、タイムスリップで人形を使うあたりなども、とてもマンガ的だ。

 映画『テルマエ・ロマエ』のようなマンガの実写化とは、決してビジネスとしてのメリットを追求しているだけではなく、『ピンポン』から連綿と続くマンガ的リアリズムを持つ実写映画の延長線上にあるものなのである。劇場に足を運ぶライトな観賞者も、マンガやテレビのリテラシー(知識)を使って映画を観ているのである。

 しかし、映画の“自立性”なるものを無闇に信じ、マンガやテレビに関するリテラシーが乏しく、さらにはマイナーなもの愛でることでアイデンティティを確保している映画マニアや評論家にとって、『テルマエ・ロマエII』はなんとも不可解なものだろう。それは、「映画しか観ないがゆえに、映画以外のことに無知となり、映画のことを読み解けなくなる」という、(映画に限らず)マニアや専門家が陥る典型的な隘路である。

 ヴィジュアルで表現されるテレビやマンガが映画と親和性があるのは言うまでもない。たとえば、2011年に公開された映画『モテキ』も、カラオケやミュージックビデオ、アダルトビデオの映像表現が盛り込まれた作品だった。80年代以降は、CMやアニメ、CG、ゲーム、家庭用ビデオ等々、さまざまな映像表現が隆盛し、映画はそれらが最終的に合流するメディアとして活性化してきた。こうした歴史を踏まえれば、『テルマエ・ロマエ』の有り様は、ある意味とても“映画的”だと言える。というか、『男はつらいよ』の一作目が1968年のフジテレビのドラマだったことはかなり忘れられているようだ。


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