免税手続きという貴重なデータ
韓国、台湾、タイなど日本の近隣国は、いずれも還付制度を維持しており、外国人旅行者は「買い物の楽しみ」をその国を選択する要因としている。免税を廃止すれば、「日本で買う理由」は相対的に弱まり、外貨獲得の機会を他国に譲ることになりかねない。
免税は事実上「1割の追加割引」として機能しており、みずほ試算では約9.8%の円安効果に相当する。現在の円安環境では免税の撤廃で多少の価格競争力を失うことはあまり問題に見えないかもしれないが、個別企業や地域レベルの戦略ではなく、国家レベルの方針を円安の継続を前提に考えることはお勧めできない。
また、免税手続きのデータは、旅行者の属性や購買行動を把握する貴重な情報資産でもある。これを活用すれば、観光地域づくり法人(DMO)や自治体は再訪促進や地域回遊の設計に生かせる。免税制度を廃止することは、こうしたデータ連携による観光デジタル・トランスフォーメーション(DX)の可能性を自ら閉ざすことにもつながる。
免税廃止の先行事例は存在している。英国は21年1月に観光客向け免税制度(VAT-free shopping)を廃止した。政府は歳入増(約18億ポンド)と制度運営コスト削減を狙ったが、観光・小売業界では負の影響が顕在化していると言われる。
VisitBritainによれば、訪英客数は25年に約4430万人、消費額34.6億ポンドと名目では19年水準を上回るが、実質では依然としてコロナ前を下回る。特にロンドン中心部では、高額消費層の購買がフランスやイタリアに流出し、ウェストエンド地区だけで25年上期に約3億1000万ポンドの売上損失が生じたと推測されている。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)も英国の価格競争力を119カ国中113位と指摘し、免税廃止は主要因の一つと分析している。結果として、観光客数の回復基調にもかかわらず「高付加価値型消費」が低迷し、英国のラグジュアリー・観光立地としての魅力が相対的に低下したと評価されている。
新たな提言――「空港+限定的市中還付(返金)」という日本型ハイブリッド
基本的にはリファンド型が中長期的な観点からもメリット大と思うが、あえて思考実験として制度の再設計を考察してみよう。バランスを考慮した選択肢として、空港でのリファンドを原則としつつ、市中での限定的な返金やデジタル化を併用する「日本型ハイブリッドモデル」がある。
この方式では、不正抑止という制度の根幹を守りながら、旅行者の利便性を維持できる。空港では税関による確実な持ち出し確認を行い、市中では政府が認可した事業者に限り、即時・キャッシュレスで返金を可能にする。さらに、返金データを日本政府観光局(JNTO)や自治体と共有すれば、購買履歴を基に再訪促進キャンペーンや地域クーポン施策を展開できる。
