竹下さんは野球部の代わりに、西山ケミックスというチームの一員として八面六臂の活躍をしている。人生の選択は、間違いではなかった。
どこか影が重なる?
頑固職人と巨椋池
さて、西山に起こった変革を全面的に肯定しつつ、しかし、天邪鬼な筆者は、竹下さんのある記憶に妙な高ぶりを禁じ得なかった。
繊細を極めるゴムの成型に不良品はつきものだが、現在でも不良率は作業者によって異なるという。かの頑固職人は、バイト時代の竹下さんに鮮烈なひと言を残していた。
「在間が成型する音を聞いてみろ。音がしないだろう。がちゃがちゃやるのは、プロじゃない」
取材を終えて向島駅周辺を散策してみると、田んぼに立っている看板の文字が目に飛び込んできた。
巨椋池土地改良区──。
かつてこの一帯は巨椋池という巨大な池だったのだ。面積実に800ヘクタール。向島も、西山のある槇島も、元はその池に浮かぶ島だった。
大雨の度に洪水を引き起こした巨椋池は昭和の初期に干拓されたが、和辻哲郎の『埋もれた日本』所収の「巨椋池の蓮」によれば、夏の蓮見の季節には一面に蓮の花が咲き乱れ、まさに極楽浄土を思わせる幻想の世界を顕現させたという。
やっかいで、やたら野放図だった巨椋池を、昭和のオジサンである筆者は、ちょっと見てみたかった。
