2026年3月8日(日)

橋場日月の戦国武将のマネー術

2026年3月8日

信長が死守しなければならない熱田ライン

 そして古井村は、那古野城から笠寺城、星崎城と続く南北の重要なラインの拠点のひとつでもあった。このラインがなぜ重要かというと、このラインのすぐ内側に熱田の町があったからだ。

旧古井村のエリアにある高牟神社。その井戸が古井で、現在は恋の水が湧く縁結びのパワースポットとして人気だ。城戸小左衛門も思わずニッコリ(筆者撮影)

 熱田には熱田社(現在の熱田神宮)があるが、何よりも肝心なのは熱田湊の存在だ。

 当時の熱田は、際まで潮が迫る海の玄関。毎日2度の市が開き伊勢湾の流通物資が集散する繁華な町だった。織田家の経済は津島とこの熱田によって支えられており、これを重視した信長の父・信秀は古井村の東の末森に城を築いて晩年の本拠地とした程だ。

 かつてはこのラインの東に、沓掛城・鳴海城・大高城などの第1防衛ラインが存在したが、桶狭間の戦いが迫る頃にはそれらはすべて今川家の拠点と化していて、那古野―古井村―笠寺―星崎の第2防衛ラインが信長の生命線になっていた。

 そんな土地の勢力としてただの粗暴な荒くれ槍遣いを放っておく訳が無い。このラインの意味を理解できればすぐご納得いただけるだろう。

 以上、城戸小左衛門さんの名誉のために紙数を割いておいた。

桶狭間の戦いの目的

 さあ、そして話はいよいよ桶狭間の戦いへ進んで行く。

 ドラマ中、秀吉・秀長兄弟は槍を担いでエッチラオッチラ桶狭間へ駆けて行ったが、対戦相手となる駿河・遠江・三河三カ国の大勢力・今川義元は一体どんな目的を持って西へ進んで来たのだろうか? 部下たちが「必ず信長を討ってみせる」、義元自身が「必ずや信長の息の根を止める。信長を逃すでない」などと吠える様なシーンは実際にあったのかだろうか。

 結論から言ってしまうと、「No」だ。

 鳴海城に1万の兵を割いて信長を誘い込み袋のネズミにしてしまおうという動きは無かった。今川軍は信長の捕捉殲滅を第1目標にしてはいない。無論そういう条件が整えば信長をターゲットにすることもやぶさかではないが、それはあくまで副次的なもので、最優先事項とは別だ。

 ましてや、よく言われるように上洛して天下に号令することなどは全くあり得ない話なのはマネー面から見ればすぐ分かる。

 義元は前年の段階で、尾張進攻の際には兵糧や馬の餌の負担を士卒に求めず、出陣初日から軍が配給するとしている。


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