2026年3月17日(火)

インドから見た世界のリアル

2026年3月17日

下落傾向のインドとイランの関係

 インドとイランの外交関係は、イランが王政だった時代にさかのぼる。正式な外交関係の樹立は1950年だ。ただ、関係はあまりよくなかった。アメリカ側についたイランと、ソ連側のインドとでは、いちいち外交的な立場が違ったからだ。

 その後、79年にイラン革命が起きると、米ソと並んでインドも、これに懸念を示し、イラン・イラク戦争では、インドはイラクを支持し、軍事顧問団を派遣してイラク空軍の訓練を行った。その後、イランは、印パ関係が緊張するたびにパキスタンを支持し、インドとの関係はよくなかった。

 関係がよくなり始めたのは冷戦後の90年代である。アフガニスタンで、パキスタンが支援するタリバンが台頭すると、インドとイランの両方がタリバンに対抗する北部同盟を支援した。関係の改善は進み、90年代にイランがロシアからキロ級潜水艦を購入すると、インド海軍が乗員の訓練を行った。

 2001年に9.11同時多発テロが起きると、テロ組織アルカイダとそれをかくまうタリバンに対して、アメリカ、インド、イランのすべてが協力関係になった。そのような中、インドは、イランのチャーバハール港の建設を考え始めた。インドから海を通じてイランのチャーバハール港に入り、そこから道路を北上するとアフガニスタンに入ることができる。

 インドとイラン、アフガニスタンが連携すれば、パキスタンを包囲できる。しかも、当時、中国がパキスタンで建設を進めていたグワダル港、ジワニ港などに対して、チャーバハール港は近く、両方の港を攻撃できる位置にあった。

 このようなインドとイランの良好な関係に影を差し始めたのが、イランの核兵器開発である。05年にはアメリカはイランへの制裁を開始し、インドにもイランとの関係を断つように求めた。そして、インドは、アメリカの要請に応じ始めたのである。

 このころから、イランは、激しくインドを非難するようになった。そして14年に現在のモディ政権が誕生し、インドとイスラエルの関係が急速に改善するにしたがって、より激しくインドを非難するようになった。24年、イランの支援を受けたフーシ派が紅海のシーレーンを攻撃し始めると、インド海軍は12隻もの軍艦と特殊部隊を出して、これを追い払い始めた。26年になり、インドは初めて、チャーバハール港のための予算を計上するのをやめた。

 それでも、両国は共同演習を含む軍事交流を続けていた。26年2月にインドで実施された多国間共同演習ミラン(ちなみに日本からは護衛艦「ゆうだち」が参加)には、イラン海軍の艦艇が参加していたのである。インドとイランは、お互いに疑念を深めながらも、まだ外交関係をあきらめていないような状態にあったといえる。


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