ただ、もし裁判になった場合に、今回と同じ金額の損害額となるかはわかりません。権利者側としては、裁判にまでなったのだから、弁護士費用など含め考え得る損害は請求しておこうと請求が高額化する可能性はあります。他方、それに対して裁判所がどこまでの損害額を認めるかは、損害を立証できる証拠が揃っているか次第です。
二次創作をめぐる裁判事例
――そもそも、二次創作をめぐる著作権侵害の裁判事例や、ガイドライン違反の裁判事例は日本ではどれくらいあるのでしょうか?
既存キャラクターや世界観を利用して新たな創作をするといったことで言うと、そのような二次創作をめぐる裁判例は多くないと思います。
裁判になった例としては、20年以上前の事件ですが、『ときめきメモリアル』のキャラクターを使ったアダルトアニメを販売したことについて200万円を超える損害賠償が認められた例があります*4。
明らかな著作権侵害の場合には、裁判まで進まずに解決しているものもあるでしょう。例えば『ドラえもん』の最終話を創作し、同人誌として販売していたケースでは、権利者からの警告を受けて売上の一部を示談金として支払った事例があります*5。ただ、先ほど述べたように、示談は公開されないことも多いので、裁判に至らず示談で解決した事例がどこまであるかは何とも言えません。
二次創作のガイドライン違反が問題となった裁判例は、おそらくまだないと思われます。そもそもガイドライン制定は近年の流れですし、少なくとも従来は、権利者がファン活動に対してあまり目くじらを立ててこなかった、という文化的風潮が表れているのかもしれません。
実在人物を扱う「ナマモノ」の二次創作は危険?
――実在人物をイラスト化した作品を、同人界隈では「ナマモノ」と呼ぶことがあり、人気ジャンルの一種でもあります。「ナマモノ」の取り扱いにおける法的リスクについて、著作権法以外の観点から、具体的にどのような問題が想定されますか?
たしかに、タレントやお笑い芸人など実在人物を題材にした「ナマモノ」の二次創作は、著作権の問題とは異なる法的リスクがあります。
まず、名誉毀損の問題。名誉毀損とは、公然と事実を摘示して人の社会的評価を低下させる行為を指します。ただし、明らかにフィクションであると認識されるならば、「事実の摘示」に当たらないため、名誉毀損は成立しません。いわゆる「ナマモノ」と呼ばれる二次創作には、明らかにフィクションと認識されるものも少なくないでしょう。
しかし、たとえ名誉毀損が成立しなくても、「名誉感情侵害」に該当する可能性はあります。名誉感情侵害とは、社会通念上許される限度を超えて、人のプライドや自尊心を傷つける行為を指し、より主観的な利益を守る概念です。
――具体的な事例などはあるのでしょうか?
例えば、加瀬あつし氏が描いた『ゼロセン』という漫画において、愚連隊のリーダーとして登場するキャラクターが中学生に「叩きのめされる」シーンが描かれたところ、当該キャラクターのモデルにされた人物が出版社を訴えた事件があります。
この事件では名誉毀損と名誉感情侵害が争われました。判決では、漫画の読み手は当該キャラクターを架空の人物と認識し、原告が実際に愚連隊として犯罪をしているとは認識しないとして名誉毀損は否定されました。他方、愚連隊のリーダーとして描いた上、中学生に叩きのめされてみじめに横たわっている姿を描いたことについて、原告の主観的な利益が侵害されたとし、名誉感情侵害が認められました(東京地裁2010年7月28日判決)。
また、ある政治家をモデルにしたキャラクターが登場するアダルトアニメーションの裁判例もあります。アニメの内容がフィクションであることは明らかであるため名誉毀損は否定されたものの、原告をモデルとするキャラクターについては「侮辱的な性行為の様子が描かれている」として名誉感情侵害が肯定されました(東京地裁2012年9月6日判決)。
*4 ときめきメモリアル・アダルトアニメ映画化事件 ゲーム『ときめきメモリアル』のヒロイン・藤崎詩織を使った成人向けアニメ『どぎまぎイマジネーション』を無断で制作・販売した事件。東京地裁は1999年、清純なキャラクターを性的に描いた改変を「極めて悪質」と判断し、著作権侵害と著作者人格権侵害(同一性保持権)を認定。総額227万5千円(うち著作者人格権侵害による損害200万円)の賠償を命じた。東京地裁1999年8月30日判決。
*5 ドラえもん最終話同人誌問題 2005年、漫画家・田嶋安恵がネット上で広まっていた「ドラえもん最終話」の話を元に、藤子・F・不二雄の絵柄を忠実に再現した同人誌を制作し、約1万3千部を販売。原作と酷似した絵柄と内容から「藤子先生の真作」と誤解する人が続出したため、2006年に小学館・藤子プロから著作権侵害の警告を受けた。2007年、作者は謝罪し、売上金の一部を藤子プロに支払うことで和解した。

