その姿で語る、上野の「生き証人」
死者10万人。当たり前だが、そのひとり一人に人生があった。そして生き残った人々の人生も、大きく変えてしまった。戦争体験者の証言は、あまりに大きな数字に埋もれてしまった人々の存在を教えてくれる。
<長男を背負って炎を避けながら、上野の山をめざして走った。ようやく山に近づくと、アッと息をのんで立ちすくんだ。見渡す限りの山の木立が、天に炎を吹き上げて、火花を散らして真紅に燃えている> 東京大空襲・戦災誌 第1巻p.758木下富貴子さん「運動靴の底が熱く」より抜粋
そして今も身近にあって、目に見える形で、かつてこの国も戦火に飲み込まれたのだと、実感させる存在がある。空襲で損傷した戦災樹木だ。
第2回の記事でも触れたが、上野公園には多数の損傷した樹木がみられる。戦災樹木を研究する明治大学の菅野博貢准教授が行った調査では計40本が戦災樹木として推定された。古い樹木で、かつ焦げや亀裂などの損傷がある木が該当するが、雷や地震などの自然災害で被災した可能性も否めない。上野では戊辰戦争もあり、空襲以前の戦火とも区別しなければならない。そのため、一本一本について確証を得るのが難しい側面もある。
そうした中で「空襲で一度は黒焦げになりながらも、復活を遂げた」と伝わるのが、上野公園内、東京都美術館にある大イチョウだ(上の写真・中央)。同館では2016年に「木々との対話──再生をめぐる5つの風景」という展覧会が開かれ、このイチョウとのコラボレーションによる風景芸術が製作された。戦災樹木は、作品の一部となることで、どのように「再生」されたのか。作品を通じた「木々との対話」とは。後編では、この作品を手がけた美術家の田窪恭治さんと、当時の担当学芸員である田村麗恵さんのお話を紹介する。
