人間と同じ野生動物の発想
そこで今回の大阪市に登場したシカである。どうも奈良公園からはみ出した天然記念物くずれの個体らしいが、筆者は来るべきものが来たという以外に何の不思議さもない。長年森林や山村の状況を見ていれば、こうなることは必然だからである。
多くの読者諸氏は、山村に行ったことはないだろうが、今の山村は柵やネットに囲まれている。都会の動物園と違うのは、柵の中にいるのが人間だということだ。
こうした檻の中でなくては農作業が成り立たず、高齢者が朝に家から出た途端にシカとぶつかったなんてこともあって、非常に危険なのである。クマやイノシシだけではなく、シカの大きさだって高齢者にとっては脅威である。
このように山村がシカだらけになってしまえば、どんどん里から町へと押し出されていくだけだ。これはシカだけの問題ではなく、イノシシ、カモシカ、クマなど野生動物に共通の事態である。彼らには、人間たちが言う村とか町、都市といった線引きはなく、よく取り沙汰されるバッファゾーンなどはない。人間目線で人間が勝手にこしらえた境界線なのだ。
要するに動物たちは暮らしやすいから、餌があるから山から平地に降りていくのだ。もっともこれは人間と同じ発想で、まず人間が都会の方が暮らしやすいと山を出る、その後にシカ、イノシシが入り、クマが来て、次々と都会に進出するだけだ。仕事がある、マンションがあるは、餌がある、ねぐらになる空き家があると同義なのである。
30年前に筆者が青森県の下北半島でクマが夜間に国道を歩いて移動しているという調査結果を聞いて以来、人間も動物も発想は同じだと思ってきた。誰でも山の斜面を移動するより道路移動した方が楽に決まっている。奈良公園のシカが大阪にいたとしても何の不思議もないのだ。
奈良公園のシカ
筆者の従妹が奈良公園のシカは狂暴だと言っていた。生息密度が高くなって餌の鹿せんべいの奪い合いになって狂暴化する個体も出てきたのだろう。外国人によるシカへの虐待が問題になっていたが、狂暴なシカにやられたら仕返ししたくなる。
高密度な集団の中からはみ出す個体が出るのは、森林でも奈良公園でも同じことだろう。しかし、新天地を求めて集団から飛び出した個体が、突然関西の心臓部である大阪市のど真ん中に到達するなど考えられないことである。
今回は、大阪に現われたシカが奈良公園のものらしいことから、注目を浴び、捕獲や保護のありかたについて論議を呼んだのであるが、奈良公園以外のシカも大阪の中心部に出現する可能性は十分にある。大阪府北部の北摂地域の森林は、兵庫県、京都府にもまたがって広域で、シカの生息数も多く、また農林業被害も多発して近年は市街地に隣接する地域での被害も増加している。
