2026年4月13日(月)

橋場日月の戦国武将のマネー術

2026年4月13日

義元の首を挙げた褒美は?

 閑話休題。後に信長の次男・信雄が家臣にこの九之坪の内で1000貫文(2,000石余り)を給付しているので簗田も同じくらいの禄高だったとすると一気にその4倍にアップした計算になる。

 信長の攻勢策を支持してさらに焚きつけるだけでそんなに貰えるとも思えないので、本当ならば他に何かで貢献していたのだろう。それが何だったのかはまた別の機会に触れるが、筆者はこれも伊勢湾流通経済に深く関わっていた刈谷・緒川の水野氏と関係があると推察している。

 これに対して義元の首を挙げた毛利新介についてどんな褒美にあずかったのかは俗書の類でも記述は無い。ジャイアントキリングを実現させた功はあくまで簗田にあり、毛利は結果的に敵将を討っただけに過ぎない、ということだったのだろうか。

信長から褒美を受ける秀吉(左)と秀長(NHKホームページより)

 それではドラマの方はどうだったか。毛利新介は母衣衆(信長親衛隊)昇格と加増500貫文(約1000石、額面年収4500万円)、簗田政綱は「この度の一番手柄」と御言葉を戴いたが具体的な内容は無し。秀吉は足軽組頭への昇格を言い渡されたが、近習への登用を告げられた秀長はそれを断り、兄の寄騎として働きたいと申し出て容れられ、「銭を」と所望して50貫文(約500万円)を与えられる。おそらくこれがこの後の活動資金になっていくんだろうな、と思ったところで、次回へ。

【参考文献】
『信長公記』(奥野高広・岩沢愿彦校注、角川文庫)
『日本思想大系26 三河物語』(岩波書店)
Facebookでフォロー Xでフォロー メルマガに登録
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る