2026年4月21日(火)

造船立国ニッポンへ

2026年4月21日

地域の担い手でもある
大崎上島・小池造船海運

 伊予の一宮である大山祇神社がある愛媛県大三島。しまなみ海道ができたことで本州と四国の間の移動は便利になったが、西隣に位置する広島県大崎上島へは橋が架かっていないため、フェリーで渡らなければならない。大三島の宗方港から木江港までは15分。瀬戸内の穏やかな海を進んでいくと、木江港の手前で2つの造船会社が目に入った。瀬戸内海地域で、造船業は地域を支える大切な産業でもある。

 木江港に降り立つと、閑散としているが、密集した建物の様子や地銀の支店があることから、かつての賑わいを想像することができた。

 大崎上島で造船業を営む小池造船海運社長の小池英勝さんはこう話す。

 「来島海峡の潮待ちをする港として木江港は賑わっていたのです。今とは違い、海こそがメインストリートだったのです。造船会社もかつては島内に12社ありましたが、今では3社になりました」

 小池造船海運の創業は1960(昭和35)年。創業地は、木江町にあったが、65年に本州側に面した大崎町に移った。94年には修繕用の乾ドックを完成させ、新造から修繕まで一貫して手掛けている。従業員は協力会社を含めて180人で、島内では大きな雇用の担い手になっている。

 「今でこそ年間8隻を建造するまでになっていますが、仕事がない時期も長く、そうした時には近隣の造船会社から仕事を回してもらうということもしていました。

 この間、大きかったのは、弟が経営する関連会社の御前崎海運が成長したことです。元々、創業時から海運業も手掛けていたのですが、弟の代になって仕事を拡大させ、3隻から60隻まで保有数を拡大させました。御前崎海運の新造船、そして修繕という好循環が生まれています」

新造船が完成すると進水式を華やかに執り行う(KOIKE SHIPBUILDING & SHIPPING)

 細かなことまで造船所内を案内してくれる小池さんの様子はまさに堂に入ったという言葉が当てはまる。

 「私自身、現場が長かったですし、好きでもあります。ただ、社長としてはプレーイングマネージャーになってしまうところもありました。ただ、30歳になる息子が戻ってきてくれたので、これからはもっと社長業に専念することができます」と、顔をほころばせる。

小池造船海運の小池英勝社長(左)はご子息が入社し、嬉しそうだ。(KOIKE SHIPBUILDING & SHIPPING)

 「国としてのバックアップも手厚くなったと感じています。これまで設備投資への補助金申請をしても、なかなか上手くいきませんでしたが、今回申請が通ったおかげで、船台の拡張、大型クレーンの設置にめどがつきました。これでより大きな船を造ることができます」

 明るい材料が増えてきた一方で、イラン戦争や円安の影響もあって鋼材など、資材価格の上昇も懸念される。「高くなってもいいので、安定してほしい」と、小池さんは話す。

 そして、ご多分に漏れず、人材の確保は大きな課題だ。大崎上島では40年前には1.4万人の人口があったが、現在では半減、高齢化率も46%に上る。〝造船ニッポン〟を復活させるためには、瀬戸内など、造船産業が多い地域をいかに維持していくのかも課題となる。

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Wedge 2026年5月号より
造船立国ニッポンへ 「復活の号砲」を鳴らせ
造船立国ニッポンへ 「復活の号砲」を鳴らせ

かつて日本は世界一の建造量を誇ったが、現在、韓国、中国に大きく後れをとっている。 日本政府はここに来て、造船のテコ入れ開始を決めたが、その道のりは険しい。 島国である日本にとって、「海上輸送」がなければ企業活動も、生活も成り立たない。 日本の造船業が抱える課題や造船大国へと変貌した中国の実態と対抗策を示すと共に、 造船業は国家の「生命線」であることを改めて問い直す。


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