2026年4月24日(金)

インドから見た世界のリアル

2026年4月24日

 さらにバイデン政権の民主主義というイデオロギーを前面に立てすぎた政策が米印関係を傷付けた。世界各国の民主主義のランク付けをし、その際に、モディ政権のインドは民主主義国ではないかのような態度を取り始めたことで、インドは強い不満を覚えた。実際、インドの選挙は公正で、与党の議席は減った。

 バイデン政権時代、こうした問題があったから、インドはトランプ政権に期待した。就任から1カ月以内にトランプ大統領がホワイトハウスに呼んだ4人の首脳には、日本とともに、モディ首相が含まれていた。

 しかし、その後、関係は悪化してしまったのである。トランプ大統領が課した関税は、その一因であった。特にロシアから石油を輸入していることを理由にかけた追加関税は、ほかにもロシアから輸入している国もあるのに、結果としては、インドにだけかかった。

 さらに追加して起きたのが、25年のイスラム過激派のテロに起因する印パの軍事衝突である。トランプ大統領は印パを仲介し、成果を強調した。しかし、もともと印パの問題に他国の介入を入れない方針のインドは、仲介があったことそのものを、認めなかったのである。

 このような米印関係は、25年秋ぐらいには、少しずつ回復基調になった。防衛協力の協定が結ばれ、貿易協定も合意に至った。インドはロシアからの石油の輸入を減らし始めた。

 ところが、回復の雰囲気も、すべて消えてしまったのである。アメリカの裁判所が、トランプ大統領のかけた相互関税は違憲と判断し、関税を下げるための米印の合意は無意味になった。そしてイランのホルムズ海峡封鎖に対処するため、アメリカは、ロシアからの石油輸入に対する制裁を一時的に緩和し、インドは、ロシアからの石油を減らすどころか、増やすことになったのである。

パキスタンを選ぶトランプ

 米印関係がうまくいっていない中で、パキスタンは得点を稼ぎつつある。特に25年の印パの軍事衝突では、パキスタンはトランプ大統領の仲介をほめたたえ、ノーベル平和賞に推薦した。この推薦は、続く主要7カ国(G7)でも、うまく作用した。

 当時、カナダでG7首脳会談があった。トランプ大統領は、初日はG7の会合に出て、2日目には、ゲストとして呼ばれた他の国々に会う。インドのモディ首相にも会う予定だった。ところが、イラン空爆の準備のため、トランプ大統領はG7に初日だけでて、2日目の会合には出なかったのである。

 パキスタンはこのチャンスを逃さなかった。パキスタンの事実上のトップをワシントンに派遣してトランプ大統領を待っていたのである。

 パキスタンの事実上のトップとは大統領や首相ではない。パキスタンは歴史の半分が軍政で、残り半分は軍が支持した民間人が大統領になる国である。つまり、パキスタンのトップは軍の参謀長であり、現在はムニール参謀長である。

 この時、ムニール参謀長は帰国するトランプ大統領をワシントンで待っていた。そしてホワイトハウスで会談したのである。つまり、トランプ大統領は、モディ首相に会うのはキャンセルして、ムニール参謀長とは会談したことになる。


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