「受診控え」とセルフメディケーションの矛盾
日本医師会はOTC類似薬の保険適用除外に強く反対する考えを表明し、その問題点などを指摘したショート動画を公式YouTubeチャンネルに掲載するなど活動も行ってきた。そして、この変更を同会の反対運動の成果として、矛を収めている。しかし、日本医師会が提起した「受診控え」と「重症化リスク」の問題は本当に解決したのだろうか。
医師の役割は、患者が感じる「胃痛」や「頭痛」といった症状の背後に隠れている、胃がん、脳腫瘍、くも膜下出血等の重大な疾患を見つける「スクリーニング」だが、「受診控え」の結果、患者が自己判断でOTC医薬品を使用して症状を一時的に緩和させた場合、この手順が省略されることになる。これについて、「受診無しの服薬だけで症状が軽くなったことを治癒と勘違いしたり、服用を中途半端に繰り返したりすることで、悪化や重症化を来すことも危惧される」と述べて日本医師会は強く反対している。
例えば消化器内科領域では、胃がんの初期症状は胃炎や胃潰瘍と区別がつきにくく、OTC医薬品で痛みを紛らわせている間にステージが進行し、治療の機会を逸するリスクが指摘されている。
他方、政府が推し進める「セルフメディケーション」とは、軽症の場合には自己判断でOTC医薬品による治療を行うことである。これは政府が「受診控え」を推進していることを意味し、それはOTC類似薬の保険適用除外よりずっと大きな「重症化リスク」ではないのだろうか。実際に日本医師会はセルフメディケーションの推進にも反対している。
それでは、自己負担の引き上げがどの程度の受診控えを招き、それはどの程度の重症化を招くのだろうか。過去の政策変更時のデータをみると、70〜74歳の高齢者を対象とした5年間の追跡調査では、自己負担が1割から2割に引き上げられた群は、1割負担を維持した群に比べて外来医療費が4%減少した。この4%の減少をどう解釈するかが議論の分かれ目となる。
一つは、不要不急な「コンビニ受診」が4%抑制され、医療資源の適正化が図られたという前向きの見方である。もう一つは、4%の減少分の中には早期発見に必要な初診が含まれており、これが将来の重症化リスクを孕んでいるという後ろ向きの見方である。
どちらが正しいのかだが、同調査では、2割負担になった人々の健康状態は、1割負担の人々と比較して、統計的に有意な悪化は見られなかったとしている。これは、この程度の受診控えであれば、即座に重症化に直結するわけではないことを示唆している。
胃がん進行と「財政的逆説」
受診控えが重症化につながるのかを調査したもう一つのデータを紹介しよう。胃痛や胸やけに対して使用されるH2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬(PPI)は、強力な胃酸分泌抑制作用を持つ。これらの薬剤を服用すると、胃がんにより生じる潰瘍に伴う痛みや不快感が劇的に改善されることがある。これが患者に「治った」という誤解を与え、受診控えが起こる可能性がある。
それでは、PPIを服用している人は、実際に胃がんのリスクが高いのだろうか。北欧5カ国での大規模な疫学調査では、1年以上継続してPPIを使用しても、胃腺がんリスクは増加しなかったのだ。
もう一つの課題は「財政的逆説」だが、OTC類似薬の自己負担増により得られる年間1000億円の公費節約と、診断遅延による進行がん患者の増加による治療費の増加との比較により、この説の妥当性が評価できる。仮に、OTC類似薬の負担増により、年間で数千人の胃がん患者の診断が半年から1年遅れ、そのうち一定割合のステージが進行したとすると、一人あたり数百万円の治療費増が生じる。この増加分が、全体としての給付削減額を上回るのかを計算することになる。
しかし、現時点では「負担増によって胃がんの診断が有意に遅れた」という因果関係を示す実証データは存在せず、従って医師会の主張は「懸念」の域を出ていない。
