ミドル・パワーは、構造的に大国による秩序に依存し、それに対して批判を加えることはできるが、秩序形成に関わることはできない。トランプは、ミドル・パワーは繁栄と安全保障を実現する上で、大国、特に米国に依存していることを認識している。
トランプはミドル・パワーが国際システムの中核を形成しようとすることは認めない。特に、米国が世界秩序の基本ソフト(OS)を再設計しようとしている時には、そうである。
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緊迫すれば、連帯は限定
インドの国際関係、安全保障論の論客ラジャ・モハンが、本年1月にカナダのカーニー首相がダボス会議で提唱した「ミドル・パワーの連帯」論を現下のイランを巡る紛争を引き合いに出しつつ厳しく批判した論説である。
カーニー首相の「ミドル・パワーの連帯」論は、国際的に注目を集め、日本でも強い関心が寄せられた。日本においては、異なった立場の者が「ミドル・パワーの連帯」論に惹きつけられている点が興味深い。
一方では、国際関係がハードな軍事力によって規定される状況自体が変わるべきだと考えるリベラルな層からの支持があり、他方では、日本が米国依存を脱却して自立的な外交を行うべきと考えるナショナリストからも関心を寄せられている。
他方、「ミドル・パワーの連帯」論に突きつけられるのは、大国が中小国の意向を無視して自らの利益のために行動し、軍事紛争が起これば、経済や交流よりも安全保障が優先される厳しい現実を前に「ミドル・パワーの連帯」がどれだけの意味を持ちうるのかである。モハンは容赦なく、その点を突いている。
モハンが指摘するように、今回のイランを巡る紛争のように状況が緊迫すればするほど、ミドル・パワーは自らの国益を守るために大国に接近して行動する。そうすると、「ミドル・パワーの連帯」が機能する領域は、ますます限定される。
