実はこの時、資源評価を行った水研機構の専門家たちは、もしこうした方式を採用すれば、マサバの資源量は「限界管理基準値」という資源の限界ラインを下回る可能性が3割程度もあると警告していた。それからわずか1年で、この警告は現実のものとなってしまったというわけである。
自国が緩くては、他国に枠の削減は迫れない
国際漁業管理に関しては、「国連公海漁業協定」という枠組み条約がある。そこでは、サバやイワシ、サンマなどといったEEZと公海を跨って回遊する資源に関して、その資源を公海で漁獲している国は、沿岸国が自国EEZ内で実施している漁獲枠の設定などの当該資源に対する管理措置の実効性を損なわないよう、EEZ内での措置と一貫した措置を取らなければならない、と規定されている(同協定第7条)。
これは「一貫性の原則」と呼ばれ、公海漁業協定における一般原則の一つとなっている。この原則は、NPFCの設立条約でも明記されている(NPFC条約第3条(i))。
この一貫性原則は裏を返すと、自国の沿岸で緩い管理しかやっていなければ、「なぜあなたたちより遥かに厳しい規制を受け容れなければならないのか。我々もあなたがた沿岸国の実施している措置と一貫した程度の内容以上のものを受け容れる理由がどこになるのか」という主張を支える論拠ともなり得てしまう。
国内で一部の漁業者ないし漁業者団体の「もっと獲らせろ」「枠を大きくしろ」との声におもねり、資源保護には効果の薄い漁獲規制を導入することは、玉突きのように公海での資源保護には効果の薄い規制の導入に繋がってゆく。この結果資源が減り、漁獲もさらに減ることになれば、誰の得にもなりはしない。
日本が先頭を切れ
たとえ日本が資源保護的なサバ管理に先頭を切って導入したとしても、ただちに他国が追随するわけではないとの反論もあろう。ただ、資源保護的な策を獲らなければ、効果的ではない管理策の沿岸から公海への玉突きが起こるだけである。選ぶべきは前者なのではなかろうか。
国連公海漁業協定には「予防的アプローチ」というもう一つの重要な一般原則がある。極めて雑駁に言うと、科学的不確実性を盾にして資源管理をしないというのは許されないし、管理に際しては控えめに漁獲圧をかけるべき、というものである(同協定第5条、6条、及び附属書Ⅱ)。
この規定はサバのような公海とEEZを跨って回遊する魚種については、沿岸国が自国のEEZを管理する際にも適用される(同協定第3条。なお、サバ管理と予防的アプローチについては拙稿「温暖化のせいにして魚の乱獲を放置する水産庁…日本の資源管理に足りない「予防的アプローチ」とは?」を参照されたい)。予防的な漁獲枠の設定は、「選ぶべきこと」というより以上に「選ばなければならないこと」なのである。
強い円の復活は当分望めそうもなく、東欧にすら買い負ける昨今、水産物は我々の周りの海から調達するしかない。そのためには、まず我が国が先頭を切ってサバ資源の保護に取り組んで範を示すべきである。
緩い漁獲規制をしていては、他国に足元を見られるだけである。生成AIと翻訳アプリの発達した昨今、相手の国がどんな管理をしているかなど、すぐにわかってしまう。一貫しない論理はたちどころに見破られるであろう。
和食にとって魚はなくてはならない。将来世代にわたり、我が国の和食文化を残すためにも、予防的アプローチに基づくサバ資源の一層の管理強化が欠かせない。それは今まさに必要とされているのである。

