それは米国の関心を中東から欧州に引き戻すことを意味する。それには、真の意味での成否はともかく、トランプのイランとの交渉が一応成功したと賞賛することで、世界と米国の関心の重心を欧州とウクライナにつなぎ留めたいという心理が欧州首脳の脳裡にあったとしても不思議ではない。
前回同様にウクライナのゼレンスキー大統領がG7に招かれ、存在感を示したことはその証拠でもある。G7のメンバーでもないゼレンスキーとトランプが議長国マクロン大統領を挟んで、左右に並んで座った光景は主催国の意図を象徴する光景だった。
日本の存在感はどこまであったか
こうした中で日本の存在感はいかがなものであったろうか。欧米のG7を巡る報道の中で高市首相自身の発言への言及はほとんどみられなかった。
筆者は欧米各紙のサミット当日の論調をざっと見てみてみた。見落としはあるだろうが、高市首相の発言に触れた新聞記事は目にしない。Japan timesが高市報道を一手に引き受けた感がある。サミット報道は各国中心であるから、自国代表が中心の記事が多くなる傾向があるのは確かだ。
『The New York Times』紙ではG7でのトランプ外交の存在感を強調、6月17日付の見出しは「トランプが首脳会議を主導」、『The Washington Post』紙では「ウクライナ支援と対ロシア協調」「欧州と米国の足並み」、英国紙『The Times』紙も「ウクライナ支援とG7の対ロシア結束」「世界は危険なほど不均衡だ―G7は行動しなければならない」と強調した。
議長国のフランス『Le monde』紙は、「エビアンG7―数カ月に及ぶ不一致の後、マクロンは「結束の瞬間」を歓迎」と会議の成功を称え、『Le Figaro』紙は「G7 モスクワに対抗する西側の結束」と見出しを打った。ドイツ紙『Die Zeit』紙6月18日付の見出しは、「エビアンG7、結束のシグナルを残して閉幕」、『ZDF』(6月17日)は「ウクライナ戦争とイラン問題で新たな結束」とした。
イラン情勢が真に落ち着いたかはともかく、世界の眼をもう一度ウクライナに向けさせ、そのための連帯を強調したいというのが欧米の論調だった。そういった中で、高市首相は、15⽇夜、最初のセッションで、圧倒的なシェアを誇る中国の輸出規制に共同で対抗するために、レアアース(希⼟類)などの重要鉱物をG7諸国で共同備蓄する構想(「共同備蓄連携構想」)を提唱した。
独⾃の備蓄制度を持つ⽇本が各国の制度創設を⽀援し、主導していこうという積極姿勢を示す意味もあった。⾸相はイランによるホルムズ海峡封鎖に触れ、「今回の危機は備蓄の重要性を知らしめた」と強調。供給源多⾓化や 資源国⽀援の重要性を訴えた。
高市提案は直接ウクライナ危機の解決に寄与する提案ではなかったので、各国のメディアの扱いは大きくなかった。日本側にはイランへの自衛隊派遣を求められる国際世論をむしろ警戒する姿勢さえあった。それは議長国フランスがホルムズ湾に空母や艦船を派遣する意思をトランプに示し、トランプに断られた一幕とは対照的な発想だ。
もちろん「経済安保」は各紙が会議の重要課題として挙げた諸テーマのひとつであったことは確かだ。高市首相がポイントを外していたわけではなかった。『The Wall Street Journal』や『Financial Times』は「中国の重要鉱物支配への対抗」、「中国依存低減のための重要鉱物同盟」に触れていた。
しかし世界の議論の焦点がイランからウクライナに向かって動いている時に、日本の立場はむしろパイプレイヤーの立場だ。もちろん日本は欧州からは遠い。協力の範囲も限られている。筆者は賛成しないが、日頃から政府が標榜する「アジア版NATO」「米国を頂点とするグローバルな安全保障協力」という発想を考えると、日本のそうした姿勢はむしろそっけない印象を与えたのではなかったか。政府の欧州への接近策は、対中・北朝鮮脅威に対抗するための協力願望でしかないのか。
