2026年6月29日(月)

世界の記述

2026年6月29日

 資源・エネルギー問題は喫緊ではあるが、それを中国だけに焦点を当てて論ずるとなると、問題の質は政治的なものとなる。西側の結束と中国との対抗関係を直接に結び付けて、「かませ犬」のような役割を日本が自ら担うことになるのは避けたほうが良い。

 日本単独で何かできるわけでもなければ、今の軍事・防衛面での同盟外交に頼った日本の外交防衛政策ではどこまで日本がイニシアティブを発揮できるのか、筆者には心もとなく思われる。むしろ外交的・政治的イニシアティブの模索の方が重要だと思う。軍事・防衛強化は政治力を背景にして初めて意味を持つ。

 だからこそ、こうしたG7の舞台で日本の逼迫感や危機感を強調して、日本と西側諸国の連帯を促しておきたいという高市首相と外務当局の意図は日本人としてはよくわかる。しかも歴代首相と同様にアジアのいわば「代表」としてG7に臨んだという自覚もあったであろう。しかしであればこそ、ウクライナ・イラク問題での日本の外交的視野の広さを喧伝する提案はできなかったのか。特に後者に関しては唯一の被爆・平和国家であり、同時に親中東国家である日本の外交的関与の余地はなかったのか。

 実際にこの高市提案の背景にある中国への批判は、サミット終了直後の中国の対日批判につながった。筆者は高市首相が保守派の対中外交の陣頭指揮を意識して対中関係悪化を加速させることを憂慮する。「勇み足」が中国を感情的にさせる懸念だ。各国は原油の急騰に苦しんでいることを強調はしても、レアアース問題で中国への対抗姿勢にどこまで踏み込む意志が固まっているのか。

対中外交のイニシアティブ

 このことを考えると、かつてサミットで対中関係に硬軟相合わせた、独自の立場を日本は示していた。まだ日本が経済大国としての存在感を誇示していた時であり、まだ中国が今日のような大国ではなかった時の話だ。

 冷戦終結後の1989年と90年のフランスのアルシェとヒューストンのふたつのサミットに参加したのは宇野宗祐首相と海部俊樹首相だ。両首相は施政方針や所信演説の中で冷戦終結後の国際秩序構築に参加する意欲を示し、自由主義・民主主義を重視する方針を掲げていた。

 ところがそうした中でその直前に発生したのが中国の天安門事件だ。この時日本は欧米と違って中国を批判する姿勢を示さなかった。つまり人権・デモクラシー擁護の立場から中国の自由化運動弾圧を非難する姿勢を示した米欧に対して、日本は第三次円借款の新規供与の中断を表明したが、それを制裁措置だとは明示しなかった。そして中国に対する明白な非難は避けた。

 天安門事件に対する発言で、日本の憂慮は「遺憾の意」という表現にとどめられた。こうした対応はかつての日本の対中外交の経験に基づいて中国に対する干渉は逆効果で、反発を招くだけであること、中国を孤立させないようにして改革開放政策を続けそれが日本の国益と地域的安定につながると当時の政権は考えたからである。

 これらの冷戦時代それから冷戦終結初期の時代に比べると国際社会は大きく構造的に様変わりしている。その意味で単純にこうしたケースと現状を比較することはできない。しかし日本が独自の判断でアジアの大国としての外交見識の片鱗を見せた一面だった。

 高市首相の「共同備蓄連携構想」は単に中国対抗するものであるのか、中国をも巻き込んだものであるのか。そこはこの提案の評価が分かれる大きな分岐点だ。


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