タレミは、この状況について、怒りを隠さず語っている。
「ここにはロジスティクス担当のスタッフがいない。ビザを持っていないからだ。なぜいつもティフアナから移動しなければいけないんだ? ティフアナもメキシコも愛している。でもトッププロの大会として適切とは言えない」
「試合後すぐ国外へ」という前例のない日程
最も過酷だったのは移動だった。ロサンゼルスで行われたニュージーランド戦、ベルギー戦では、前日にアメリカへ入り、試合終了後はその日のうちにティフアナへ戻ることが義務付けられた。試合後にホテルでリカバリーを行うことは許されず、すぐに長時間の移動と国境通過、入国審査が待っていた。
片道だけでも約5時間。世界最高峰の大会とは思えない日程が続いた。最終戦の舞台はシアトルだった。距離が長いため試合2日前の入国だけは認められたものの、試合終了後の即出国ルールは変わらない。26日夜の試合を終えると、翌朝4時にはティフアナへ向かうスケジュールが組まれていた。
十分なリカバリー時間は確保できず、コンディション調整もままならない。だからこそタレミは大会運営へ強い不満をぶつけた。
「まったく不公平だ。我々の考えではね。FIFAにとっては公平なのかもしれない。でも不公平だ。ここではあらゆるものと戦わなければいけない。90分間プレーした直後にティフアナへ戻らないといけないなんて、現実的にあり得る話なんだろうか。インファンティーノ会長は『これはまだ始まりに過ぎない』と言った。でもグループリーグは明日終わってしまうんだよ」
それでも負けなかった理由
この大会を戦い抜く上で、内側の打撃もあった。本来タレミと”ダブルエース”を組むサルダル・アズムンの代表追放だ。
今年3月、アズムン選手は自身のインスタグラムに、アラブ首長国連邦(UAE)の首相でありドバイの首長であるムハンマド・ビン・ラシード・アル・マクトゥーム氏と面会した際の写真を投稿し、「光栄だ」と書き込んだ。 これがイラン政府・当局の逆鱗に触れた。
当時、米国やイスラエルとの軍事緊張が極限まで高まっていたイラン政府にとって、米国の同盟国であり、西側への協調姿勢を示すUAEのトップと親密にする行為は「国家への裏切り(背信行為)」「敵国への協力」とみなされた。国営メディア等から「裏切り者」と猛烈なバッシングを受け、アズムン選手は即座に写真を削除したものの、イランサッカー連盟は政府の意向を受け、3月下旬に彼を代表チームから永久追放する処分を下した。
内外から様々な困難が起きたが、アミール・ガレノイ監督が率いるイランはチームとして最後まで崩れなかった。初戦はニュージーランドと引き分けたが、ポット1の強豪でもあるベルギーとも互角に渡り合い、勝ち点1を獲得。そして突破を懸けたエジプト戦でも執念で引き分けに持ち込んだ。
3試合とも内容は決して押し込まれるだけではなく、むしろ勝利に近づいた時間帯も少なくなかった。この健闘を支えた最大の理由は、逆境によって生まれた強烈な結束力だった。
