子どもの将来の成功を願う親ならば、子どもの成功を妨げる要素とされる体験格差をどうすれば解消できるのか、気になるのは自然の流れです。その中では、夏休みの間、朝から夜まで過ごす学童保育所は、体験格差神話を信じる方々には目の敵となりがち。なぜなら上記のようなキラキラ体験は、週5~6日もずっと学童で過ごす子どもにはなかなかできにくいからです。
「学童に行っている時間が無駄」とすら言われることだってあります。果たして本当にそうなのでしょうか。
無駄な時間なのか
体験格差が、「子どもにとって必要な能力やスキル獲得の機会の有無」で考えるのならば、確かに格差が生じることはあるでしょう。体験や経験の有無によって、人が会得する能力の優劣が決まることは大いにありえます。例えば芸術家を目指すにはいかに素質があっても良質な指導者の下で学ぶことで技法やテクニックに磨きがかかって才能が開花しやすくなる、ということです。
それには当然、費用がかかるでしょう。そういう意味で体験格差は資本の差、家庭の所得の差に応じて生じることは避けようがない面はあります。
海外で語学を学んだり最先端のデジタル技術に触れたりできる子どもは、それができない子どもより確かに体験格差としては上位にあるでしょう。しかし考えておきたいのは、体験格差で語られる世界は往々にして「認知能力」の分野の話であることです。テストの点数や偏差値、コンクールでの順位など能力の理解度や習熟度が数値化できる分野です。
一方で、多くの人間にとってこの社会で活動でき、安心して暮らせるだけの対価を得られるかどうかは、「社会でうまくやっていける能力」を会得できるかどうかが大事です。その大事な能力のことを「非認知能力」と呼ぶのですが、コミュニケーション能力、自己肯定感、広い視野、物事を柔軟に考える思考回路などです。いわば「総合的な人間力」ともいえるでしょう。
体験格差を「子どもの将来の成功を左右する体験の有無の問題」として捉えなおすのであれば、非認知能力を伸ばせる機会の有無の結果を体験格差として考えることができるでしょう。そしてその非認知能力の伸張については、学童保育所は本来、うってつけの場所です。
学童保育の本質である「放課後児童健全育成事業」は、遊びと生活の場である学童保育所において、子どもが社会性や創造力、コミュニケーション能力を主体的に伸ばしていく事業です。学童保育所で、資質ある優れた職員の援助支援を受けつつ過ごす子どもたちは、集団での遊びと生活で、多くの体験経験を積み重ねています。
「学童で過ごす子どもたちはいろいろな体験ができなくてかわいそう。体験格差で下位に追いやられる」という見方は全く間違っていると筆者は考えます。
