「観る」にとどまらない体験を
原作は、がんに罹った哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野真穂の半年間20通の往復書簡。生の手紙のやりとりである。偶然だが、磯野さんは、大学で私と研究室が隣り合わせの同僚だ。
日本人の2人の学者の往復書簡が、パリを舞台にしたカンヌ受賞作品の映画に変わる。しかも3時間を超える大作だ。と聞くと身構えてしまうかもしれない。大丈夫。むしろ、なんの前知識もなしで、映画の中に身を委ねればいい。
私はこの映画を、浜松の実家近くのショッピングモール内シネコンで、84歳の老母と観た。
前知識ゼロで特にシネフィルでもない母は、この映画を堪能した。
老人介護、マッサージ、パリの川辺。長塚京三さん演じる一人芝居。2人のマリのホワイトボードを使った青臭い資本主義論。不思議なタイミングでの京都のセミの鳴き声。前知識がないからこそ、映画の中での出来事をまるで自分自身がその場で体験しているかのように、肌で感じられる。
そんなふうに作られたこの映画は、まさに今回の「30分の旅」にふさわしい。映画館での視聴が、単なる「作品を観る」ことにとどまらず、映画の登場人物と一緒に「旅をする」ところまで昇華されているからだ。だから「映画館に行く」ことは、一つの旅なのである。
