無論、海底ケーブルをめぐる情報戦はスノーデンの暴露前にも存在する。米ソ冷戦時代の1970年代には、アメリカが実際にソ連が利用している海底ケーブルに盗聴器を仕掛けた事件が発生している。この盗聴器は1980年代にNSAの職員が報酬と引き換えにソ連に情報を売ったことで発覚したが、同様の盗聴例は歴史の表に現れないだけで、実際には数多の盗聴が実行されていると予想される。
情報が海底ケーブルから根こそぎ盗まれているとすれば、我々の生活にどのような影響が及ぼされるか。現在のデータ解析技術では膨大な情報量のすべてを捌ききることは不可能であろうが、解析技術の向上にともない、今以上に容易に特定の個人の情報だけをピックアップして傍受することが可能になるだろう。現にそのような技術はすでに開発されているが、それがより容易になり、通信履歴から個人の周辺情報まで予測可能になる時代においては、情報は今以上に重要なものとなる。その際、膨大な情報源となる海底ケーブルの価値は現在のそれとは異なる様相を帯びる。
海底ケーブル敷設は、国家戦略である
海底ケーブルから直接情報を盗もうとあなたが思うなら、当然自国の領域内にケーブルを多く敷設しようと考えるだろう。盗聴が容易になるからだ。海底ケーブル敷設はひとつのビジネスでもあるが、同時にケーブル敷設は一種の情報獲得のための戦場としても成立する。あらゆる政府がケーブルから盗聴しているわけではなかろうが、少なくとも戦争をはじめとする争いが生じた時に、各国政府はケーブルから情報を盗んだり、あるいはケーブルを切断することで敵国の情報通信ネットワークに障害をもたらすだろう。
このようにインターネット上でしばしば論じられる「サイバー戦争」なる言葉には、物理性を帯びた海底ケーブルが包含されていることがおわかりだろうか。物理的なモノであるからこそ、海底ケーブルは各国政府が競って敷設を争い易い構造をもったインフラなのである。したがって我々もまた、ますます増加するであろう海底ケーブルの敷設をめぐる問題に敏感であるべきなのだ。
地震大国である日本周辺のケーブルは確かに破損しやすい。だが、自国周辺に多くの海底ケーブルを持つことは、自国の通信ネットワーク網を守る意味でも、あるいは他国との外交に関しても重要な位置を占めている(とはいえ、海底ケーブルを盗聴することを筆者は望んでいるわけではない。あくまで情報通信ネットワークの維持が重要なのだ)。今後も増加する海底ケーブルを、これまで以上に注目してその動向をみる必要があるだろう。
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