対談

2015年4月13日

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丸山:利用権と処分権はもうちょっと分離して考えるべきで、農地を農業用途にある程度まで優先することは正当性があるけど、転用権まで正当化できるのかは微妙です。

久松達央さん

久松:農業利用と都市的な土地利用は不連続なものなので、都市的な価値が生まれるときは転用権の理屈が破綻しますね。農業委員会も、転用許可はすごく弾力的に運用していますからね。そいつのことは知らないからダメだ、みたいな(笑)。一応は選挙管理委員会が管理する選挙に基づく公職なのに、その意思決定が大きな観点からコントロールされていないのはかなり問題です。

 僕は農家資格を持っているから、「農家住宅」を作れるんですよ。同じ広さでも作業場を作ったりしていいから、非農家の人よりも適用面積の優遇を受けています。で、ウチは本当に作業場が必要だからその通りに申請をしたら「農家が農作業をするための転用案件はすごく久しぶりだ」と驚かれました。農家ではない人が家を建てる案件ばかりやっているので、あまりにも正統派すぎたというわけです。

 里山の話からずれちゃいましたけど、いつの時代だって人の心はそんなものだから、里山だってオーバーユース、資源の使いすぎになる時代はあったわけですよね?

丸山:オーバーユースになる時期もあるけど、「だから里山は幻想だ」と言うのは無粋だとも思いますね。里山の活用は、人々に先祖帰りしたような生き方を強いるものではなくて、再生産力の範囲で自然を利用し撹乱したくなるような動機付けが大事だよね、という話だと思います。

久松:たとえば屋久島の杉だって、良いものは秀吉の時代に全部切られてしまったという話を聞いたことがあります。屋久島は「自然と調和した暮らし」をしているとよく言われるけど、その他の地域と違うのは雨量と気温ですよね。そもそも水田稲作だって環境破壊的だし、でも保ってしまったということを見なければいけない。

丸山:開発スピードが現在に比べると相対的に遅かったというのも重要で、遅いから開発に自然の側が適応したり、生態系がそれなりに形成されてきたということもあると思います。

久松:雨量が少ないところでは輪作体系が発達するし、肥沃ではない土地では土作りなんてする余裕がない。こういう順番で植えれば家畜も飼えるという知恵は、イギリスなどは日本よりもはるかに研究が進んでいて、18世紀ですでに高いレベルの輪作がなされていました。日本でも庄屋にとって農業技術の開発はステータスとして評価されるものだったから、技術水準は高かった。その伝統が現代の日本農業に引き継がれているかどうかは、非常に疑問です。農地解放で、持続も経営も考えない個人事業主が大量に生まれたことが大きかった気がします。つきあいのある農家がよく言うのは「昔からの農家は土地を売らない」、つまりは農地解放でタダでもらった人たちほど売ってしまうんですよね。

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