あの負けがあってこそ

2015年7月31日

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人生観を変えた少年院のラグビー指導

 2009年の11月から茨城県の少年院「水府学院」で上田氏のラグビー講座が始まった。それは2009年8月に上田氏の盟友である元ラグビー日本代表の石塚武生氏が急逝されたことに始まる。

 告別式の日、筆者が石塚氏のご遺族に、いかに故人が水府学院に思い入れがあったのかをお伝えしていると、「おい、大元、その遺志は俺が受け継ぐ。おまえも武生との約束を果たせ」とご遺族と写真の石塚氏に宣言した。

 石塚氏と筆者の約束とは、講座のスタッフ(ライターとしてではなく)として彼らと向き合い、ラグビーやスポーツが、どのように矯正教育の中に生かされているのか、また、少年犯罪の背景を取材し、それを形にして発信してほしいというものである。

 その一つがウェッジ・インフィニティの「ルポ・少年院の子どもたち」であり、その中には水府学院でラグビー講座が始まった経緯や、上田氏の取り組みについても記されているので、ぜひとも以下の最初の記事からご一読賜りたい。

 「少年院でなぜラグビー?茨城県・水府学院 密着レポート(前篇)」上田氏のラグビー講座は、初回から武蔵野東高等専修学校の教育統括部長 天宮一大氏を加えて3人体制で始まった。それから2014年の6月まで上田氏のラグビー講座が続いた。

 「少年院の指導は重いんですよ。頼まれていろいろなところで指導してきたけれど、水府学院だけは終わったあとの達成感がないです。非行の背景は様々だと思うけど、根っこにあるのは家族の愛情不足。ラグビーやっている時の彼らの笑顔を見ると年齢相応の少年だってことがわかります。それがわかるだけに辛いんですよ」

 そもそも上田氏が育った環境の中に非行少年そのものがいなかった。そこが筆者と大きな違いだが、上田氏には人生観が変わるような機会だった。

 なぜ少年院でラグビーなのか。

 上田氏は病室のベッドの上で静かに語った。

 「非行に走ってしまった子たちですが、ほんの2時間でもラグビーで明るくさせたいという思いで続けています。

 2009年の秋に初めて接して感じたことは『普通の子たちなんだ』ということでした。ということは、やはり子どもを非行に走らせるのは親ですよ、どんな環境でも子どもは親の背中を見て育つものです。

 あの子たちを見て、家庭環境の大切さを改めて感じましたね。家庭愛、親の愛が足りない。こんな普通の子たちが少年院に入るなんて、どうかしていますよ。水府学院で自分の人生観が変わったと言えるでしょうね」

 「子どもたちがラグビーに没頭しているのはいいね、子どもらしくて。スポーツしているときは家庭環境とか、親とか、兄弟とか関係なく、一切のことを忘れることができるでしょ。我々があそこに行くということは、そういう経験をさせるためかなと思っています。あれだけ楽しんでくれるんだから、そこは成功かなと思っています。

なぜラグビー?

 「ラグビーは手を抜けないスポーツなんですよ。たとえばサッカーは手が使えない。バスケは足が使えない。それに対してラグビーは全身が使えるスポーツなんです。だからこそ厳格なルールがある。彼らにとって足りないものがスポーツを通して教えることができると思っています。

 人を傷つけずに激しいプレーをするのがラグビーです。試合が終わればノーサイドで握手をして称えあう。本当のところ、指導に時間を掛けて、それを理解させたいという思いがあります。

 少年院に入る前に彼らがスポーツの本当の素晴らしさと出合っていたら、人生が変わっていたかもしれないと思うと残念でなりません」

 そこまで話すと、「少し疲れた」と言って横になった。

 断片的にではあったが、上田氏はこうして思いを残していった。

 その帰り道、病院の駐車場には、春らしい陽光に包まれた「しだれ桃」が可憐な美しさを見せていた。

 今回の「あの負けがあってこそ」は、2015年7月23日にご逝去された名将上田昭夫氏を偲んで書かせていただきました。私がスポーツに携わるライターとして、今こうしてあるのは上田氏のお引き立てがあればこそです。

 おまえは「元……」では書くな、という言いつけもあるので、ここでは女子ラグビーと少年院という二つの切り口で記事にしましたが、とうてい書き切れるものではありません。改めて上田氏の思いをまとめたいと準備を進めています。

 「おい、大元!」そんな声が今でも聞こえてくるようです。

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