2022年9月28日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2015年8月26日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

ーー五十嵐さんは本書でも上野と柏に関する章を担当されていますし、元々上野について研究されていたと。私自身、幼い頃から上野動物園やアメ横に親に連れていかれましたが、同じく東京の玄関口である東京駅周辺や銀座と比較すると不思議な街だなという印象を持っていました。具体的にどのような特徴があると思われますか。

五十嵐:柏で育った私にとって、小さい頃は東京といえば上野でした。常磐線沿線の人の中にはそういう人も多いと思うんです。上野へ行けば、中高生ぐらいまでなら大抵の用が済んでしまいますし、東京のその他の地域へ行くにも上野駅で乗り換えることが多いわけです。

 そんな身近な街だった上野の面白さに気付いたのは、イギリスへ留学した時でした。留学生たちが、自分に馴染みのある都市をプレゼンテーションするみたいな授業があったときのことです。そこで僕は上野を取り上げて、上野の都市としての機能を説明するときにロンドンのどこかになぞらえるわけです。東京国立博物館や国立西洋美術館が、ロンドンで言うところの大英博物館やナショナルギャラリーで。そしてそれらがハイドパークぐらいの規模の上野公園の中にあって、その地は江戸時代には、ウェストミンスターのような国家的な寺院(寛永寺)だったと。その脇には、スコットランドや北イングランドのような、貧しい「北」から人々が入ってくる玄関口になっている、キングスクロスのような上野駅がある。その前には江戸時代からの伝統ある商店街と、下町っぽいカムデン・マーケットのようなアメ横が広がっていて、在日コリアンが集住するエスニックタウンも近いと発表しました。

 上野の博物館や上野公園、上野駅やアメ横のような一つひとつの要素はロンドンにも同じようにあるわけですが、それらがすべて徒歩圏内にあることが信じられないとイギリスの学生や、世界各地から来た留学生は言うわけです。確かにそれだけ多様な要素が狭い範囲にあるのは、世界的に見ても極めて稀な場所なんだとその時気付いたわけです。社会学では、都市とは様々な異質なもの高密度に集積しているがゆえに分業がなされ、そこに多様な人々が生き、多様なライフスタイルを送る場所として定義されます。そういった意味では、上野ってきわめて都市的な場所なんですね。

 ただ、上野の場合、それぞれの要素は徒歩圏にあるけれども、そこを行き交う人々はなかなか交わっていませんでした。たとえば、美術館や博物館へ行った人はアメ横で買い物はせず、鑑賞後は電車で日本橋や銀座へ出て、ご飯を食べたり、買い物へ行くというパターンです。特に1965年に上野駅の公園口が出来てからは、この傾向は顕著になりました。その人たちの流れを変えようというのが、地元の商店街の長年の課題で、さまざまな取り組みでこのところだいぶ変わってきました。

ーー上野東京ラインが開通したことで、常磐線や宇都宮線、高崎線沿線の人たちが東京の中で最初に降り立つ場所ではなくなる傾向が強くなります。今後、上野はどう変わっていくと考えますか?

五十嵐:少なからず変わると思います。東京と言えば、まずは上野駅に出るというのが北関東の人にとってなくなるわけです。人々が日々の交通動線上で買い物を済ませる傾向が強まるなか、上野駅で降りるから何となく上野で買い物をするという需要がなくなるのが、痛いのは確かです。

 ただ、もともとは暮れに帰郷する人々が正月用品を買い込むことから発達したアメ横の年末には、いまだに200万人を越える人たちが大挙して押し寄せます。しかし、実際に買い物をする人は少なくなっていて、威勢のいい雑踏と季節感を楽しみに行くある種のイベントになってるんですね。アメ横でいま増殖しているのは、観光客向けの丼もの屋やケバブなどの歩きながら食べられる軽食店です。 

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