私自身もすこし意外だったが、当局のネット上の情報操作はあったとしても、それでもやはり多くの中国国民が「9.3大閲兵式」を歓迎し喜んでいた。「微信」(中国版「LINE」)の比較的リベラルな人たちのチャット・グループでも、閲兵式が行われている時間帯は式典を祝う国旗であふれた。国民の愛国心を刺激するイベントとして「9.3大閲兵式」は党と政府の狙いどおりの効果をあげることができたといえるだろう。
国民からの冷ややかな批判
ただし、すべての国民が手放しで「9.3大閲兵式」を祝ったわけではない。一部の客観的に政治を評価できる層の人たちはこのイベントを冷やかに捉えていた。9月1日に人民日報は閲兵式についての国民の不満に反論し説得する記事を報じている。この記事では、閲兵式は「力を誇示するためか?」、「日本をターゲットとしたものか?」、「おカネのムダづかいではないか?」という国民の声について、閲兵式は他の国でも行われているイベントであり、規模や軍の装備は一部の国(日本)のように実戦力をともなっているわけではない。
また、中国はこれまでも現在も日本の軍国主義と日本国民は分けて考えているため、閲兵式は日本そのものをターゲットにしたものではない。そして、閲兵式は見栄を張るための予算のムダ遣いで、そのお金は貧しい人たちを救うための福祉に使うべきだ、といった意見は社会的弱者をダシにした鬱憤ばらしに過ぎないと切り返している。
こうした記事が報じられる事実は、そのような国民の意見が国内で根強いことを示唆している。人民日報は今年1月に「9.3大閲兵式」を行う4つの理由を紹介している。その4つの理由とは、
第一に「中国の軍事力を見せつける」
第二に「日本を震え上がらせる」
第三に「国民の軍に対する信頼と自信を持たせる」
第四に「政権の軍事力掌握を示し腐敗分子を一掃する」
であった。当局側の主張は当初いっていたことと比べると、一にも二にも三にも矛盾してきている。
中国国内では今年の夏、「安全」について国民の関心や意識が高まる出来事が相次いだ。ショッピングモールでのエレベーター事故や天津での大規模爆発事故など、国家の威信よりも身近な「安全」の方が大事だという意識が国民の間で広がっている。「9.3大閲兵式」についての当局の説明の変化からは、党と政府が中国国内の世論の動向に配慮している実態がうかがえる。
最大の目的は海外に向けた中国の地位の主張
国際秩序についての中国共産党の新しい論理
習近平政権が「9.3大閲兵式」を行う最大の目的は、世界に向けた中国の国際的な位置づけのアピールである。国家主席として習近平個人の権力掌握は既に相当進んでおり、閲兵式を行って国内の求心力の強化を図ることは今のところそれほど重要ではない。
習近平政権は国家主席就任直後から積極的に自ら動く外交姿勢を見せていた。経済の力を最大の魅力にして、主に中米や中央アジア等で「朋友圏(お友達グループ)」を積極的に拡大していった。アジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICS、上海協力機構(SCO)といった欧米を主体としない途上国や中進国による世界の枠組みで主導的な立場を得ようとする中国の姿勢は、世界各国、とりわけ先進国からは既存の国際秩序への挑戦とも受けとめられた。
そこで昨年後半ごろから打ちだされたのが、第二次世界大戦後の国際秩序を基礎とする各国の国際的地位のランク付けである。つまり、大戦の戦勝国であり、国連安保理の常任理事国は一等国として世界をリードする立場にあり、その他の多くの途上国、中進国はそれに準じる位置にあり、そして敗戦国である日本は一番下に位置しているという世界観だ。