2024年11月21日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2015年9月6日

 そこで重要になるのが、ファシストに勝利したという歴史観である。今年5月の習近平のロシア訪問に際して、中国共産党新聞網は第二次世界大戦のファシストとの戦いにおいて多大な犠牲を払った国だということを強調する記事を報じている。その記事では、戦争終結時に中国に投稿した日本軍の兵士の数は128万人で、戦争によって死傷した中国人は3500万人を超える。こうした事実から中国は世界のファシストとの戦いにおいて最も大きな貢献をした国であり、ドイツと戦ったロシア、欧米各国と同様に戦勝国として大戦後の世界をリードしていく資格があると述べている。

 今回中国で初めて行われた「9.3大閲兵式」はロシアが毎年行っている軍事パレードを強く意識していたのだと思われる。ウクライナ問題で西側諸国との摩擦が大きくなってきたロシアと歩調を合わせることで、中国は西側の枠組みや価値観に与しないという強い姿勢もアピールできるのだ。

機を逸した「9.3大閲兵式」

 しかし、今年に入って中国の軍事的な脅威について各国から懸念がもたれはじめた。南シナ海への中国軍の拡張によってベトナムやフィリピンの間で生じた摩擦が高まり、今年4月末の安倍総理の訪米以降、米国も中国に歩調をあわせない姿勢を明確にした。

 経済力を最大の魅力として世界の途上国のリーダーになりつつあり、先進国も中国に対して世界をリードする国として一目をおきはじめたところであったが、今年7月以降、中国経済の低調化や株価の下落によって中国発の世界恐慌のリスクが取り沙汰されるようになった。中国に対する軍事的脅威と経済の先行きの不安について2015年に入ってからそれまでとは少し風向きが変わってきている。

 最終的に、中国の経済的なパワーの魅力の低下と軍事的脅威の増大が影響して、主だった主要国の首脳は「9.3大閲兵式」への参加を見合わせた。中国外交部は国家の威信を背負って各国のリーダーの出席を呼びかけたが、出席した元首級の来賓は23人で、ロシアと韓国を除くと、先進国や国際援助機関の開発援助を受けている被援助国がほとんどという結果であった。

 8月30日に行われた「9.3大閲兵式」メディアセンターが行った記者会見の席上で、中国中央電視台の若手記者が「(それほど世界的意義の大きい閲兵式であるにもかかわらず)世界の主要国からの国家元首の参加がないのはなぜか?」と、無邪気を装った質問をぶつけ、回答者の顔色が一瞬変わるというワンシーンもあった。

 閲兵式での習近平の重要講話の中で、軍の30万人の人員削減が発表された。中国では大規模な軍の人員削減はかつて9回実施されており、最後に行われたのは1997年だった。それから18年ぶりの軍の大リストラであるが、閲兵式という軍隊の威容を示す式典での発表は違和感を禁じ得ない。

 しかも、重要講話がまだ終わらぬうちに「軍の30万人の人員削減」の速報が、中国のインターネットのニュースサイトではいち早く報じられた。今回の講話の最も重要な点として、強調して伝えるべく事前に用意されていたものと思われる。今回の閲兵式での軍のリストラ計画の発表は、国際社会の中国の軍備拡張に対する懸念に応える中国側のメッセージである。

 今回の閲兵式は中国にとってタイミングが少し遅すぎたのかもしれない。せめてもう半年早ければ、「9.3大閲兵式」によって中国の国際的な地位をアピールするという対外的な成果も最大限発揮できていたかもしれない。

 中国の党と政府には強大な権力がある。その力によって青空さえも意のままに作り出すことができる。習近平政権はこれまで力を見せつけることで世界の枠組みを変えようとチャレンジしてきたが、力だけでは乗り切れないものもある。今日の国際社会の現実に照らせば、力さえあればリーダーになる資格がある、という発想にこそ、中国の最大の矛盾があるのかもしれない。

  
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