「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2015年12月5日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

長女の出産

 ところで私の長女の出産は、産気づいたワイフが分娩室に入り22時間後に産まれました。

 夕方産院に入り、即分娩室。でも翌朝になっても産まれません。

 しかたなく私は会社へ出勤し、何度か電話しても「まだですよ」と助産婦さん(今は「助産師」と言います)。

 で、夕方また産院へ行きました。

 分娩室からはワイフのうめき声がだんだんと大きくなり、私ひとりが待機する廊下に響くようになりました。

 その時私の脳裏に「宇宙」が見えたのです。何十億光年のトキを超えた生命のつらなりの歴史をワイフのうめき声から感じ、確かに「宇宙」が見えたのでした。

基地問題でゆれる沖縄県辺野古の海岸で。2015年11月21日

 無事に娘が産まれ、わが子を見て五体満足なのかがまず気になりました。足が産着で隠れていたこともあり、助産婦さんに「足は大丈夫ですか?」と尋ねてしまいました。

 助産婦さんは「平気ですよ」と言いました。

 のちにワイフとこのことを話し合いました。

 「どんな子が産まれても、大事に育てようね」が夫婦の一致した意見でした。

 一般に障がいを持った子が産まれると、親は3つの心の成長段階を経ると言われています。

 第一の段階は、「なぜ私にこんな子が産まれてきたの……」と嘆き苦しむ時期があるようです。

 第二段階は、「この子とともに歩もう」と受容するようになるようです。

 そして第三段階の最終章で「この子がいるから幸せ」といった、わが子への心からの感謝の気持ちを抱くようになるとのこと。

 わが子3人、孫も4人いる私が言うのもなんですが、わかる気がします。

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