2024年5月10日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2009年11月5日

 たとえば1877年、清朝政府が、外国が建設した呉淞鉄道を買い取った上で解体し、以後の鉄道建設を禁止したことや、1911年、四川で鉄道建設を巡って発生した暴動が清朝崩壊へとつながっていったことなどである。

 つまり、中国の人々は自らの苦い体験から、植民地支配下の鉄道敷設には、その土地の持ち主を記す「焼印」のごとき役目があることをいやというほど知っているのだ。

 それを逆手に取り、チベットへの鉄道敷設を最初に着想したのは、国民党政府を率いた孫文である。そのアイデアを、1950年代、朝鮮戦争の勃発や中ソ対立から、自国の軍需産業を内陸部に移す必要に迫られた毛沢東が蘇らせたことも『約束の庭』には記されている。

 もちろん、この頃次第に明らかになっていった、チベットに眠る莫大な地下資源の存在が、毛沢東や周恩来らの鉄道建設の野望を逸らせたことはいうまでもない。

赤字覚悟で是が非でも鉄道敷設を成功させる

 『約束の庭』にも引用されているが、前国家主席の江沢民は、米紙のインタビューに、「青蔵鉄道建設は政治決断であり、たとえ赤字になろうとも是が非でも成功させる」と断言した(ニューヨークタイムズ01年8月10日付け)。

 江沢民の発言のとおり、青蔵鉄道は現在、年間12億元(約180億円)もの赤字を計上していると、08年8月、中国メディアが伝えている。

 他方、チベット地域のGDPは飛躍的に増加したと強調しているが、その「富」は、鉄道開通と共に雪崩れ込んだ漢人の資本家や労働者に独占され、チベット人には一向もたらされていないとチベット側は強く訴えている。

 しかし、この赤字路線に国は補助金を与え続け、2020年を目途にチベット鉄道を軸に6路線を拡充する計画まであると伝えている。

 チベット鉄道の延長計画には、ラサから隣国ネパールのカトマンズを結ぶ路線も含まれており、これは、南に控える大国インドとの軍事的緊張を著しく増大させるものでもある。

 漢人の移民の促進、軍事物資や軍人の運搬、資源の収奪、そして中国のチベット支配を示す「焼印」という役目……。中国にとって、チベット鉄道の意義がいかに大きいかは容易に理解できる。とはいえ、採算度外視で何重にも敷設し、計画を前倒しまでする真意は何なのか?

 他から奪うことを前提にしてしか、膨大な人口を抱える自国の成長を維持できない。成長を維持できなければ、共産党独裁体制は維持できない。これは中国という国の宿命であり、膨張主義の国家戦略は留まるところを知らない「麻薬」のようでもある。

 そして、今日、表面化している中国の拡張政策は、なにも最近の経済発展を受けて始まったものではなく、いずれも、数十年以上も前の指導者らのアイデアを、長年をかけて形にしているという、いわば、国家的妄執の結実なのである。

 1958年6月、毛沢東は「現在、太平洋は平和ではない。われわれがこれを支配するとき、はじめて平和になる」と発言した。これを受けて林彪は、日本、フィリピン等への上陸準備のための軍艦建設を進言している(ユン・チアン著『マオ―誰も知らなかった毛沢東』、講談社)。

 つまり、拡張政策は中国の国是そのものなのだ。

 平和ボケか、はたまた別の深謀遠慮があってか、チベット鉄道を日本の新幹線になぞらえる日本人は、この隣国の国是をどう考えるのか?

 第二、第三の「チベット侵略鉄道」着工は、この後に控える、太平洋への本格進出と「地球全体の統一計画」の序曲と考えるべきかもしれないのである。

 

■修正履歴  チベット鉄道の画像を追加しました(2009/11/6 編集部)
               チベット鉄道の画像を削除しました(2009/11/6 編集部)

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