胎内にその心拍を認めた時から子どもの人生が始まっています。命の始まりから、出生後数年間までの時期がその後の人生の基盤を作り、健康や幸福を決定づける重要な期間となります。特別な配慮が必要な子どもや、育てにくさを感じる親が増えている現代、私たちはますます親や子どもの環境をより居心地の良いものにする必要があります。
災害時にも役立つ次世代型母子健康手帳
平時の育てにくさだけでなく、災害多発国に住む私たちは、災害時に胎児や妊産婦の命を守るツールとして、平時からいつも身近にある母子健康手帳の機能を最大限活用することが求められます。
災害時の備えについて考えることで、周囲の人とのかかわりや助け合える関係作りを促すことも、平時からできる効果的な母子支援です。東日本大震災では、多くの子育て世代が仲間と助け合い、支え合える関係の重要性を再認識しました。筆者が地方自治体とともに取組む妊産婦向けの防災啓発活動でも、災害時を考えることで人間関係資本(ソーシャル・キャピタル)を見直すことに繋がっています。例えば、平時から備えるべき非常時用備品以外にも、頼ることができる相手をリストアップし、連絡先と連絡手段を複数持っておくこと、母子手帳の情報を携帯電話やスマートフォンで写真に撮り、クラウド等あちこちに保存しておくこと、災害時の受診先を確認しておくことなどを勧めることで、平時から人と頼りあう関係を促進することに繋がります。
医療関係者としては、事前に自治体と相談して災害時の母子支援方法を確認し、妊婦健診や予防接種などの母子保健制度を災害時にどう復旧させるかという制度設計が必要です。私たちの研究班では、母子手帳の内容をスマートフォンのカメラ機能で撮影し、医師からの注意点、経過、連絡先、かかりつけ医など妊婦情報を保存できるアプリを開発し、実証段階に入っています(図6)。これなら、各スマートフォンの位置情報をONにしておけば、GPSにより妊婦の位置がわかるため、災害時に避難所に避難したり、車中泊をしたりしている妊婦の数と情報を把握でき、対応に活用できます。
また、筆者を中心とした研究チームが開発した防災時の母子対応マニュアル・研修内容等(図6-8)は、現在全国の地方自治体が普及に努めており、多くの自治体で災害時母子避難所が検討されています(注5-11) 。今後、少子高齢化の中で見落とされがちな乳幼児と妊産婦を災害時に守る取り組みが、ますます求められることになるでしょう(注12-13)。
加えて、急速に進んでいく高齢化の中、最先端の医療ICT(Information and Communication Technology)を活用した「データセキュリティ」「個人レベルでのデータ管理」「集められたデータの有効活用」といった研究の必要性が認識されています。母子保健分野においては市町村が重要な担い手ですが、今まで利活用されてこなかった母子健康手帳のデータをICT化できれば、当該データを解析することで、地域住民の健康リスクの予測、発症予防、健康増進、個別化先制医療(例:低出生体重児、発達障害児等のリスクを予測、予防・診断などの手法を開発、早期介入・治療)に繋げることも夢ではありません。
これまで進められてきた研究では、災害対応に取り組むことを通じて、母子を取り巻く関係者同士が接点を持ち、情報交換をする場になることから、災害時の対応と平時の母子保健体制との相乗効果が認められています。
これからも、機能を進化させた母子健康手帳が、世界中どこにいても、いつどんな時でも子どもたちの人生をより良くする擁護者となるよう願っています。
参考文献
(注1)守泉 理恵.先進諸国の出生率をめぐる国際的動向.海外社会保障研究.160:4-21,2007
(注2)総務省統計局.各国における子どもの割合.http://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi821.htm#aI-2
(注3)岡本悦司.知的障害児の増加と出生時体重ならびに母年齢との関連.厚生の指標.61(15), 1-7, 2014
(注4)平成 25 年度倫理委員会登録・調査小委員会報告.2012 年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2014 年 7 月における登録施設名.Acta Obstetrica et Gynaecologica Japonica. 2014;66(9):2455
(注5)吉田穂波、主任研究者.平成25~27年度厚生労働科学研究費「妊産婦・乳幼児を中心とした災害時要援護者の福祉避難所運営を含めた地域連携防災システム開発に関する研究」(課題番号:10022、代表研究者:吉田穂波)平成27年度総括・総合報告書.2016.
https://cloud.niph.go.jp/s/fd/zGy7q9RSNd116tFzPiA8
(注6)災害時母子支援資料
https://cloud.niph.go.jp/fileshare/download?file=AkmjdXjvjt0FawG7Ea69
(注7)吉田穂波.東日本大震災の子ども学:子どもの心のケア.【被災地レポート】第7回 被災から数ケ月、子どもの心のケア-今からできることに目を向ける.Child Research Net. 2011年8月 5日.http://www.blog.crn.or.jp/lab/06/28.html
(注8)荒木裕美ら.ママと赤ちゃんの復興まちづくりin石巻 報告書.2015.
(注9)吉田穂波ら.東日本大震災急性期の周産期アウトカムと母子支援プロジェクト.日本プライマリ・ケア連合学会誌,Vol. 38 (2015) No. Supplement 特別号 p. 136-141.2015.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/38/Supplement/38_136/_article/
(注10)菅原準一ら.平成26年度厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業「東日本大震災被災地の小児保健に関する調査研究」班(代表:呉繁夫)「産科領域の災害時役割分担、情報共有のあり方検討Working Group」平成26年度報告書,2015.
(注11)中板育美ら.平成26年度厚生労働科学研究費補助金「被災後の親と子どもの精神保健のあり方に関する研究」(代表:五十嵐隆)「被災後の子どものこころの支援に関する研究~保健師の活動のあり方~」(研究分担者:中板育美)平成26年度分担報告書,2015.
https://cloud.niph.go.jp/s/fd/J244ITymZQEt4Efq65X7
(注12)内閣府.少子化社会対策大綱.2015.
http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/law/pdf/shoushika_taikou2_b1.pdf
(注13)厚生労働省.「健やか親子21(第2次)」.2015.
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11908000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Boshihokenka/0000045759.pdf
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。