クリミア併合や五輪ドーピング問題からは、ロシアの「勝てば官軍」という伝統的心理が見える。北方領土交渉でも約束を一方的に反故にするプーチンに対して、日本政府の過度な歩み寄りは禁物である。
本稿では最初に、今日のロシアの対外戦略の本質を、特にロシア指導部の行動や心理面から考察する。次にわが国の対露政策の問題点を指摘したい。
クリミア問題でロシアが国際的に孤立して以来、同国では皇帝アレクサンドル3世(在位1881年~94年)の次の言葉がよく想起される。同皇帝は農奴解放などの改革や西欧化を実行した父アレクサンドル2世とは反対に、ロシアの独自性を強調した反動政策や軍事大国化の政策で有名だ。
「我々は常に次のことを忘れてはならない。つまり、我々は敵国や我々を憎んでいる国に包囲されているということ、我々ロシア人には友人はいないということだ。我々には友人も同盟国も必要ない。最良の同盟国でも我々を裏切るからだ。ロシアには2つの同盟者しかいない。それはロシアの陸軍と海軍である」
2014年以来、ウクライナ問題などでロシアは欧米と対立し、昨年来ドーピング問題でも厳しく批判された。今年5月末にラブロフ外相は、北大西洋条約機構(NATO)、ミサイル防衛(MD)、対露制裁など欧米との対立に関する質問を受けた。新たな世界戦争はあり得ないとしながらも、彼は次のように述べた。
イワン雷帝の時代以来、世界の誰も強いロシアを望んでいない。歴史上、ほんの例外を除いて、わが国のパートナーが我々に対して正直だったことはない。同盟国英国のチャーチルも、連合国勝利の後フルトンで「鉄のカーテン」演説をし、冷戦が始まった。わが対外政策は相互利益を基礎にしている。しかし、次のことを理解しておく必要がある。すなわち、我々にとって主たる同盟者は、陸軍、海軍さらに現代では航空・宇宙軍である。(「コムソモーリスカヤ・プラウダ」16年6月1日)
ラブロフの言葉がアレクサンドル3世の言を念頭に置いていることは、教養あるロシア人にはすぐ分かるし、ラブロフ発言全体が皇帝の精神と完全に一致している。近年ロシアが経済不調にも拘らず、ひたすら軍備増強に励んできた理由もこれで明白だ。