2024年11月22日(金)

WEDGE REPORT

2016年9月13日

”サムライ”が仕掛けた緻密な党戦略

 「五つ星運動」への熱狂的な支持の根底にはイタリアという腐りきったシステムに対する怒りがある。ラッジ市長は就任1カ月を機に、世界150都市で発行される無料紙メトロ(イタリア国内の発行部数は81万部)のインタビューに応じ、「ローマは24年の夏季五輪の開催都市として立候補するより、ゴミ回収、公共交通機関など優先して取り組まなければならない課題が山積している」と五輪招致の是非を問う住民投票をにおわせた。

 市長に単独インタビューを申し込むと、「体制が整う秋までどこの取材にも応じない」という返事だった。「五つ星運動」の実態をつかもうと、同党に所属するすべての欧州議会議員、ローマとトリノ市議会議員選の全候補者、独自に連絡先を入手した関係者12人に電子メールやソーシャルメディアで取材を申し込んだ。6人から返事があったが、半分は取材日時を詰める段になると連絡が途絶えた。フェイスブックに掲示された集会にも足を運んだが、「五つ星運動」の影も形もなかった。

 「五つ星は市民運動のように見えるが、非常に中央統制が効いた政党だ。以前から指導部を通さないインタビューは受けない組織だったが、13年総選挙後に党内コントロールが効かず、党方針と違う発言をする議員や造反する議員が相次いだこともあって、その方針はさらに強化された」。イタリア政治に詳しい専修大学の伊藤武教授は指摘する。議員は党と「契約」を結び、それに違反すると即刻、除名という鉄の掟がある。

 「五つ星運動」は元コメディアンのスタンドプレーのように見えて、実は巧妙に計算されている。仕掛け人はウェブマーケティング起業家のジャンロベルト・カザレッジョ氏(今年4月に死去)。ニックネームは「サムライ」だ。当初から計画に参画していた息子が今は役割を引き継いでいる。ウェブやソーシャルメディアを駆使してデジタル・コミュニティーを作り上げ、大きな現実イベントと組み合わせていく。

市庁舎開放イベントでなぜか2回登場した少女。「五つ星運動」のイメージアップ戦略が見え透く
(写真・上下ともMASATO KIMURA)

 一見、双方向の直接民主制のようだが、イデオロギーこそないものの共産党の民主集中制に似ている。市庁舎開放イベントでも同じ少女が2度現れ、そのたびにラッジ市長が優しく声をかける場面が演出された。少女とのツーショットは「若き母親」を連想させる。しかしラッジ市長はベルルスコーニ元首相の懐刀である悪徳弁護士の事務所でキャリアを始めた。今、「マフィア・キャピターレ」と接点を持つラファエーレ・マッラ氏をローマ市首脳部に、もう1人を公共交通会社ATACの要職に指名したことで、「五つ星運動」内部からも「ラッジは清廉ではない」と批判されている。マッラ氏の指名は撤回された。

 結局、ステファーノ・ルチーディ上院議員(47)が広報、政策秘書同席の上で取材に応じてくれた。「五つ星運動」は認証した15万人の党員を対象に、2年前からデジタル民主主義を実践に移している。党員のサイトを通じて審議中の法案を議員が動画で解説する。そして党員は法案への賛否を判断する。「五つ星運動」はすべての法案について党員による「デジタル投票」を実施できるシステムを構築している。ウェブマーケティングの最先端技術を駆使して有権者のニーズを瞬時につかみとり、支持率浮揚につなげているのだ。ルチーディ氏は言う。「私たちは確かに経験不足だ。しかし政権奪取に向けて着実に準備を進めている」。


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