2024年11月22日(金)

WEDGE REPORT

2016年10月8日

 フィリップスのイノベーションラボはアイントホーフェン郊外にある研究開発の中核施設である。イノベーションラボのあるハイテックキャンパスは、敷地面積は約100万㎡。フィリップスの従業員が約5000人、さらにそれ以外に約140もの大手企業やテクノロジーベンチャーに施設を開放しているため、その関係者が約5000人、合計で約1万人もの人々が働く欧州を代表する一大研究拠点である。そのエリア自体は外部とは区切られているものの、ひとつの街といっていいほど広大だ。

医療システムを変える

 そのデザイン研究棟内で、今回フィリップスが掲げる新ビジネスのキーワード“Co-Creation”について関係者に取材を敢行した。“Co-Creation”とは、患者を中心に据えた、病院や政府と一緒に現在ある医療システムを新しいものに創造しようとする、フィリップス独自の新ビジネスへの動きや考え方である。

 まず、フィリップスを理解するうえで念頭に置かなければいけない考え方が、冒頭でも書いた通り、現在のフィリップスはトータルヘルスケア企業であるということ。2025年までに、年間30億人もの人々の生活をイノベーションを通じて向上させることが目標。その実現に向けて、以下のような一連のヘルスケアプロセスを掲げている。

①健康な生活→②予防→③診断→④治療→⑤ホームケア

①健康な生活
人々が健康な住居環境で健康な生活を送れるようにサポートする
②予防
人々が自らの健康を管理する
③診断
診断が個人に合わせた予防的ケアを介して、最初から適切な方法で進める
④治療
有効な治療、早い回復、良好な転帰を可能にする
⑤ホームケア
回復と家庭での長期ケアをサポートする

 この一連のヘルスケアプロセスを用いながら、フィリップスリサーチ アカウントマネージャー ジョス・ブルナー氏は“Co-Creation”についてこう説明する。「将来に対するフィリップスのビジョンは、この5つに分かれた項目をすべてリンクさせることが重要だと認識しています。具体的には、すべてをIoT製品などで有機的に繋ぐことで、それぞれのデータを活用できるようにすることが実現への第一歩だと考えます」

医療のIOT化は医師の報酬を減らす?

 ここでいう有機的に繋ぐとは、主に一般の患者と医療機関の医師をデータ上、Face to Faceにすることを意味している。「例えば、個人が毎日の健康な生活をするなかで、IoT製品により蓄積したデータを、もし病気になる前の予防段階から医師に提供して、生活習慣などへのアドバイスを受けられれば、それは患者にとっても医師にとっても非常にいいことですよね。

 どんな予防策を講じた方がいいかを知るだけで、患者は病気になりにくくなりますし、医師としては、患者が病気になる前の段階で食い止められます。また、仮に患者が病気になったとしても、それまでのライフスタイルが分かっていれば、効果的に診断や治療を行うことができるようになります。もちろん病気になった原因もより明確に診断、特定できると思いますし」

 とはいえ、一見患者と医療機関がWIN-WINのような関係にも思えるが、ビジネス視点で見てしまうと、気になるのが医師の報酬だ。現状の医療システムでは、患者が来院することで、初めて医師の治療行為が行われ、それに対して報酬が得られる。もし、IoT製品のデータを予め手に入れ、そこで患者の予防行為に手を貸すことは、自ずと医師は自分のより多くの時間を使って患者を見ることで、未来の患者を減らし、すなわち自らの報酬を減らすことに繋がりかねない。

 この点の解決策についても、ジョス・ブルナー氏は話を続ける。「当然、現状の医療システムでは医者は治療行為というものの結果でしか、報酬を得られない仕組みになっています。だから、その医療システム自体を改革し、医者が予防段階から患者に寄り添うことで、そこからも報酬を得られるような仕組みに変更する必要があります。ただ、既存の医療システムに変更を加えることは、当然医療機関だけでは実現できず、各国の政府などを巻き込んで、法令などの変更も含めて、改革し直す必要があります」

 だが、欧州だけみてもそうだが、各国ともシステムが医療システムは実はバラバラだ。現に、ジョス・ブルナー氏も現在ベルギーに住んでいるものの、その医療システムはドイツ、イギリス、オランダと、どの国とも違うと説明したうえでさらに話を続ける。「ただ、こちらの考える新たな医療システムは、どの国民にとっても間違いなく大きなメリットであることは間違いありません。それに多くの先進各国では軒並み高齢化が進み、慢性病患者が増えて、医療費が支払い切れないほど逼迫している状況に直面しています。だからこそ、どの国にとっても、喉から手が出るほど欲しい大きなメリットであることには間違いないのです。それを解決するソリューションとして、フィリップスはそのやり方を先んじて提示しているだけなのです」

 とはいえ、フィリップスがもし医療システムの改革の矢面に立ってしまうと、当然抵抗が大きいのはある程度予測がつくだろう。オランダの一民間企業が、国の根幹である医療システムに手を加えることで、きっと上手く行くものも上手く行かなくなる。「だから、あくまでも患者や医療機関、そして政府主導でそういった方向に医療システムを変更してもらうように、フィリップスはハブとしてサポートするという立場で一緒にクリエイト、つまり、“Co-Creation”しなければならないとフィリップスは考えているのです」

 すでにこういった新たなヘルスケアビジネスを展開している例として、ジョス・ブルナー氏はスウェーデンの例を挙げる。「例えばスウェーデンにあるカロリンスカ大学病院は、現在フィリップスと新たな医療システムを作るために動き出しています。その病院はすでに多くの患者を抱え込みすぎていて、満足な診断や治療が施せないぐらいに患者数は膨れ上がっている状況です。

 だから、カロリンスカ大学病院では、病気になる前の予防段階で、なんとか患者を健康な生活に戻せないかと考え、フィリップスに声を掛けてきました。現在、この病院はもちろん、ストックホルムの行政側などの賛同も得て、新しい医療プログラムが走り出したところです。診察した結果だけではなく、予防段階で生み出された健康に対しても報酬を払うことで、向こう14年間のビジネス契約を結びました。それを実現するための最新の医療インフラはフィリップスがすべて用意することになっています」

 フィリップスはあくまでも新しい医療システムを提案し、それを患者や医療機関、そして政府と一緒に“Co-Creation”するにすぎない。ただ、人々が健康的な生活を送れるようになれば、それに対し、医師同様、ビジネスとして対価を受け取るだけというスタンスだ。IoT製品はあくまでもそれを実現するための、サービス提供の一部分でしかない。IoT製品を販売して、そこからのわずかに得られる販売利益を集めるなんてことは、微塵にも考えていないようだった。


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