「嗟日本人因循苟且、乏果斷」
千歳丸に乗り込んだのは幕府勘定方の根立助七郎を筆頭に従僕も合わせて総計で51人。おそらく長い鎖国に慣らされた日本人に外洋での航海はムリだったようで、10数人の英国人が操船を担当している。
51人のうちの1人である高杉晋作は、幕府が上海で貿易を目指すに至った経緯を推測し、「内情探索録」に漢文で書き残している。その部分を現代風に訳してみると、
――幕府は上海で諸外国との貿易を掲げてはいるが、おそらく長崎の商人どもが長崎鎮台の高橋某を金銭で籠絡し、ボロ儲けしようと企んでいるはずだ。江戸からの幕吏にしても、多くは高橋某の仲間だろうに。海外出張で手にできる高額手当を狙っているのではないか。取引については、幕吏なんぞは商人や長崎の地役人に任せっきりで、何も知らない。ヤツらは商人からの報告を鵜呑みにして記録するだけ。商人は通訳を仲間に引き入れ、通訳は何から何まで「外夷」に相談する。こちらの意図は、相手に全て読み切られてしまう。かくてイギリス人とオランダ人に好き勝手のし放題ということになるわけだ――。
乗船したのが旧暦の4月27日。翌28日は「好晴、船中諸子云、今午後必解纜、而終日匆々、不發船(好天、同乗者は今日の午後には必ず出港するというが、終日、あたふたするばかりで出港しない)」と。そして「嗟日本人因循苟且、乏果斷、是所以招外國人之侮、可歎可愧」と続けた。
――「嗟日本人」……嘆かわしいぞ、日本人。どうでもいいような物事に拘泥し、イザという肝心な時に果断に対処できないではないか。これだから外国人にバカにされてしまうのだ。歎ゲク可シ、愧ジル可シ」――
上海に向う船中での高杉の慨歎は、1世紀半ほどが過ぎた現在の日本人を徹見していたようにも思える。「嗟日本人因循苟且、乏果斷、是所以招外國人之侮、可歎可愧」。
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