8年前にバラク・オバマ氏が大統領選挙に当選したとき、ニューヨークの空気は明らかに変化が見られた。
黒人たちが背筋を伸ばして街を闊歩し、以前よりも堂々とその存在感を誇示するようになったのである。地下鉄で物乞いをする黒人に対し、別な黒人男性が「そんな行為は慎め。黒人の大統領が誕生したんだ」と説教する場面を目撃したこともある。
あれから8年、先日の選挙でドナルド・トランプ氏が大統領に当選。今度は悲しいことに、アメリカの各地で白人史上主義者たちのマイノリティに対するヘイトクライムが、この3週間で400件以上報告されるという異常な事態が起きている。
だがニューヨークは、今の全米でもっとも安全な街かもしれない。
ヒラリー・クリントン氏が圧勝した超レベラルなこの街は、世界各国からの移民で成り立っている。また生まれ育った町で居場所のなかったゲイの人々も多く集まってきたこの街で、トランプ氏の当選後の現在、市民の間に漂っているのは深い悲しみと不安、そしていらだちなのである。
五番街のトランプタワーの前では、未だに市民たちが抗議のデモを行い、レイディガガなど著名人も参加した。
ユニオンスクエアの地下鉄駅には、行き場所のない思いを抱えたニューヨーカーたちが書いたポストイットのメモが、壁を埋め尽くして新観光地となっている。
「We support Immigrant.」(移民を支持する)
「USA is much better than Trump America.」((本来の)アメリカ合衆国はトランプのアメリカよりずっと良いはずだ)
生まれた州と、住んでいる州の両方で票を落としながら
当選したアメリカ史上二人目の大統領
などのメモが見える。皮肉なことに、トランプ氏はニューヨークのクイーンズ区生まれの正真正銘のニューヨーカーだ。生まれた州と、住んでいる州の両方で票を落としながらも当選したアメリカ史上二人目の大統領になる(一人目は11代目大統領のジェームス・ポーク)。
1983年に五番街に金ぴかのトランプタワーが建ったときは、私自身も含む観光客たちが興味半分で押し寄せた。
彼の徹底した成金趣味、隠そうともしないエゴむき出しの強烈な個性がかわれてNBC制作テレビ番組「アプレンティス」の主演にも抜擢された。
だが、では市民に愛されていたかというと、決してそうとは言えない。
1989年に制作された「バックトゥーザフューチャー2」では、トランプ氏をモデルにしたとされるビフというキャラクターが出てくる。カジノで設けた資金を元手に、ビフが大統領になるという未来社会。彼からいじめを受けてきたマイケル・J・フォックス扮する主人公が、それを必死で阻止する。まるで現在を予言したようだと話題になっているが、このビフを見れば80年代当時からトランプ氏が一般にどのようなキャラクターとして受け止められていたのか、よくわかる。
もっとも彼が本格的な嫌われ者になったのは、大統領選が始まってからのことだ。