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2017年1月12日

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真田康弘 (さなだ・やすひろ)

早稲田大学地域・地域間研究機構客員主任研究員/客員准教授

早稲田大学地域・地域間研究機構客員主任研究員・研究院客員准教授。神戸大学国際協力研究科博士課程前期課程修了(修士・政治学)。同研究科博士課程後期課程修了(博士・政治学)。大阪大学大学教育実践センター非常勤講師、東京工業大学社会理工学研究科産学官連携研究員、法政大学サステイナビリティ研究教育機構リサーチ・アドミニストレータを経て、2014年より現職。専門は政治学、国際政治史、国際関係論、環境政策論。地球環境政策や漁業資源管理など幅広く研究を行っている。著書に『A Repeated Story of the Tragedy of the Commons: A Short Survey on the Pacific Bluefin Tuna Fisheries and Farming in Japan』(早稲田大学、2015年)、その他論文を多数発表。
 

 ICCATでは最終的に漁獲枠を3分の1に削減し、30kg以下の幼魚の巻網での漁獲を禁止するなどの措置を断行した。この結果、資源はドラスティックな回復を遂げたとされ、近年漁獲枠が増枠されている。厳格な資源強化に取り組めば、資源は回復する、そのモデルケースである(図3)。 

図3:大西洋クロマグロ産卵親魚資源量
出典:ICCAT REPORT 2014-2015 (II) 写真を拡大

 大西洋では資源回復が進む一方、今度は太平洋のクロマグロの資源状態が極めて深刻な状況にあることが2010年代に入り明らかとなってきた。ところが日本は自分が規制を受ける側になると発言を一転、「日本には多数の小規模沿岸漁業者がいる」と規制の強化を拒否し続けた。あまりの態度の豹変ぶりにあきれ果てたEUは今回の会議の席上、「あなたはICCATの場で、何と言っただろうか。このままでは、ICCATのクレディビリティが回復不能なほど損なわれる、小規模の漁業者がいることはわかるが、規制を強化すべきだと、そう言ったではないか。これはダブルスタンダードではないか。なぜあなたがその理屈を盾に規制を拒否するのか、私には理解することができない」と痛烈に批判した。EUはさらに「太平洋クロマグロの規制は一体何年赤ちゃんのよちよち歩きをしているのだ。よちよち歩きどころか、カニの横歩き、後戻りではないか」と発言、会場から大きな拍手がわき上がった。

 太平洋諸国もクロマグロの無策について失望を隠さなかった。FFAを代表して発言したニュージーランドは、「北小委員会は有意味な管理措置の勧告に失敗した」とコメントしたのち、「クロマグロを漁獲対象とする商業漁業の停止を提案する」とまで踏み込んだ。これまで環境保護団体からの商業クロマグロ漁業の停止は提案されてはいたが、WCPFCでの最大勢力を誇る太平洋諸国から漁獲禁止提案が行われたことは注目に値する。台湾すら「WCPFC加盟国のこうした懸念を共有する。現在の管理措置は十分とは言えず、より野心的な措置を採択すべきだ」と発言し、日本は加盟国からの批判の大合唱の矢面に立たされたのである。

国際的信頼を失いつつある水産庁の「マグロ科学」

 「多数の漁業者がいる」という社会的・経済的な理由に加えて日本がクロマグロの資源保護対策強化を拒否する理由としてWCPFCで繰り返し主張したのは、「クロマグロについての資源評価を行っている国際科学機関が現行の規制で資源は回復目標に達成すると言っている」という点であった。しかしこうした科学的側面からの日本の反論に各国は全く賛同の声を寄せなかった。日本が依拠する「科学」の一部に対する各国の信認が失われつつあるからである。

 WCPFCが管轄する海域の北半分で主として漁獲されるクロマグロなどについては現在「北太平洋マグロ類国際科学委員会(ISC)」という団体が資源評価を行っている。この委員会は米国、カナダ、韓国、中国、台湾、メキシコがメンバーとなっており、確かに「国際」科学委員会としての形式を備えているが、ISCのウェブサイトには事務局の本部所在地すら記されていない。実際は水産庁傘下の研究機関である「水産研究・教育機構」を中心に構成されており、太平洋クロマグロの資源評価を行うグループの議長と「ラポルトゥール」と呼ばれる取りまとめ役も同研究機構の日本人が占めている。2016年に開催されたクロマグロ資源評価グループ会合でも出席者22名のうち日本人は9人、提出報告書7本のうち日本側が提出したものは5本と水産庁の外郭団体の影響力が強い。この提出報告書にしても、冒頭に著者許諾のない引用の禁止が明記されているなど、国際機関の報告書としては異例のものとなっている。ISCの運営が透明性を欠いているとの批判はかねてより関係者からも側聞するところであった。何より、WCPFC条約にはISCに関する明文定在は何も存在していない。

 透明性に欠けるISCに対しては、科学者からも批判の声が上がっている。ブリティッシュコロンビア大学教授のダニエル・ポーリー、ダルハウジー大学教授のボリス・ワーム、IUCN種の保存委員会マグロ専門家グループ座長のブルース・コレットなど世界的に著名な科学者等58名の専門家は2016年11月末、WCPFC議長等に対し連名で科学的知見に即し資源回復に資する目標が設定されない限り商業的クロマグロ漁獲の一時停止を求める書簡を送付したが、このなかでISCについて以下のように述べている。

 管理の失敗に加え、国際漁業科学の標準的なあり方から外れた科学プロセスにおける透明性の欠如が未だに続いている。科学機関であるISCは最初の資源評価報告書を2012年まで公表せず、現在でも資源評価会合に独立オブザーバーの参加を認めていないばかりか、招待されて然るべき政府代表でない科学者の参加が著しく制限されている。報告書が一般に公表されるのは6か月かそれ以上後になってからであり、必要とされるアクションを遅らせるものとなっている 。

 東太平洋のマグロ類を管理する「全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)」に2016年6月に提出された独立評価報告書でも、太平洋クロマグロの資源評価が「何の権限も有さず、(IATTC)条約に何の規定もなく、当該資源に対する何の責任も負っていないISCによって行われている」と厳しい批判が加えられた。報告書では「太平洋クロマグロの科学は条約の規定に基づきIATTCとWCPFCの権限下に置かれるべきである」と提言が加えられ、「最早(クロマグロの資源評価は)ISCによって実施されるべきではない」とISCの役割を全面否定したのである 。

 WCPFC年次会合の場でもISCのガバナンスに対する不信が各国代表からも明言された。WCPFC科学委員会代表から資源評価に関するプレゼンテーションが行われた際、EUは発言を求め「なぜ科学委員会の資源評価にクロマグロが入っていないのだ。この種は本委員会の管轄事項の筈なので、発表に含まれるべきである」と述べるとともに、ISCの代表(日本人)からクロマグロにつて資源評価のプレゼンテーションが行われた直後、ISCの役割を全面否定したIATTC独立評価報告書をその場で読み上げ、「我々はこれに完全に賛成だ。ISCには何の権限も責任もない」と言い放った。パプアニューギニアからも、ISCのクロマグロ資源評価の前提になっている仮定が果たして妥当なのかとの疑義が提示された。

 ISCの日本人報告者が、「資源は増加しており、当初の暫定目標である初期資源量7%を達成できる」と日本側に都合の良い面ばかり強調したことも、EUの怒りに火を注いだ。この目標を達成するためとして、現在WCPFCでは30kg未満の幼魚の漁獲を2002 – 2004年水準から半減させ、30kg以上のものについては2002 – 2004年水準で抑制するとの管理措置が実施され、日本はこの会議でも「我々は幼魚の漁獲を半減した」としきりに主張した。しかし2002 – 2004年は比較的豊漁の時期であったため、日本は30kg以上の漁獲については2014年が3,526トンだったものをこの規制が実施された2015年には4,882トンへと3割以上漁獲を増加させてもよいことになっており、総計でも2014年が9,604トンだったものが8,890トンへと計714トン、率にして1割にも満たない漁獲削減であるに過ぎない。とりわけ産卵魚を守ることは資源保護にとって重要であるはずにもかかわらず、漁獲削減について30kg以上の漁獲について事実上何の実効的な規制もかけられていない。EUは「ISCと同じ資源評価データを用いている筈のIATTCの科学者は、成魚の削減を要求しているではないか、なぜISCはそれを言わないのだ」と批判したのである。

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