出口:僕はもう少しアバウトに考えています。知性ってなんだろうと考えると、結局人間がものを感じたり考えたりする脳の活動ですね。脳の活動を整理すると、意識できる部分と無意識の部分があり、意識できる部分は3割くらい。最近は無意識の部分が大変大きいということがわかってきています。
人間は社会的動物なのでコミュニケーションをしなければ社会は成り立ちません。意識できないところではコミュニケーションができないので、意識できるところでやるしかない。互いに検証可能なデータを使い、それをテーブルに出してロジックを組み立てていく。つまり、普通のコミュニケーションは、数字やファクトがあって、その上にロジックを積んでいくわけです。おそらく知性というのは、そういう行動様式。数字、ファクト、ロジックで物事を考え、自分の思ったことを自分の言葉で表明することのような気がするんですよ。
森本:なるほど。
出口:でも、実際の人間の行動は無意識の部分が指示しているウェートが大きいわけです。反知性とはどういうことかと考えると、数字、ファクト、ロジックで構築されるひとつの世界に対して、直感や感情や情動など、「よくわからないけれど、なんか違う」ということが、反知性ではないかと。
人間は感情の動物なので、数字やファクトやロジックで完膚なきまでに打ちのめされると、「なんか、あいつ許せない!」ってなるじゃないですか。
森本:ええ、なりますね。だからけんかをする時には、あんまりロジックだけで相手を追い詰めないようにしないと。
出口:「わかっているけれど気に食わない」というような、情動や爆発が起きるわけです。それを再構築しようと思ったら、気に食わないというレベルでは話ができないので、結局は、数字やファクトやロジックの力を借りて、次の秩序を作っていくしかない。森本先生の定義のほうがはるかに明確ですが、知性と反知性は、脳の活動領域に照らして考えることもできるんじゃないかなと、ふっと思ったりします。
「トランプが勝ったのは必然か、誤差の範囲なのか」
出口:なぜ、反知性主義のようなものが起きるかを考えたら、人間はやっぱり飽きっぽいんだと思うんです。社会が安定してうまくいっていればみんながハッピーなはずなのに、長く続くと壊したくなる。でも、一番の問題は、知性と結びついた権力がうまくいっていないこと。うまくいっていれば、飽きっぽい人に対しても、ちゃんとよくなると言い続けていけばいいんです。
森本:それが上手にできなかった。
出口:トランプを生んだ背景には「エレファントカーブ」(注:先進国で中産階級の所得が伸び悩んだことを示した曲線)があると言われています。あれを見て、僕の友人は面白いことを言いました。「グラフがゾウの鼻の部分で分断されていて、これがトランプを生んだと言うけれど、それは違うんじゃないか。アメリカの再分配政策がちょっとまずかっただけじゃないか?」と。
実はオバマ政権の8年間で、アメリカは所得も増えているし失業率も下がっていて、それが8年続いてきた。でもアメリカの大統領選って、8年たったらたいてい反対側が勝つんですよね。「もう飽きた」ということだと思うのですが、そういうときに上手に扇動家が現れると、そちらに流れていく。
森本:マスコミは、社会に不満が高まっていると言っていましたが、一部は確かにそうだと思うんです。それに、「黒人の大統領が俺たちを8年間支配していた。今度はそうじゃない人を」と思ったのでしょう。「女性ではなく、白人の男性を」とね。
出口:なんでヒラリーが負けたのか、というのも難しいですよね。冷静に見ると、投票総数は1億3800万票ですね。いろいろな分析をみたら、いくつかの州で10~20万票くらいシフトしていれば、ヒラリーの圧勝なんです。1億3800万票という母数を考えたら、20万票は完全な誤差の範囲。トランプが勝ったことが必然なのか、たまたま誤差の範囲でどちらにも振れることだったのか、という視点も必要です。
森本:全体をみればヒラリーのほうが多かったわけですが、投票のからくりを知り尽くした人が僅差のところで操作をすれば、小さな差で大きな効果が出るので、意図的に力を注いだ部分はあったでしょうね。
出口:だから、トランプの勝利には、2つの理解があると思うんです。ひとつは、新しい時代の始まりということ。もうひとつは、単に振り子が振れただけということ。投票結果を見ると、どちらにも転ぶ可能性があったので、僕は大きい流れは変わらないという考えの方です。決してトランプを軽視しているのではありませんが、ちょっとした偶然で振り子が振れてしまったのではないかと思うんです。でも、リーダーの影響はものすごく大きくて、たとえばゴアとブッシュの時もそうですよね。
森本:あのときも、同じようなことが起きました。