文氏が執行部を完全に押さえている党内力学では、安知事に勝ち目はなかった。しかし、民主党の予備選は党員以外にも投票を認める「オープン・プライマリ」という方式だった。文氏を嫌う保守や中道の有権者も投票できるから安氏にも勝ち目があるのではと見られたのだが、実際には文氏の圧勝となった。全国各地を巡回する予備選の流れが明確になってきたのが、3月下旬だ。
そして、安熙正知事に期待しながら予備選を見守っていた保守や中道の人々が、次善の策として安哲秀支持に回り始めた。
韓国ギャラップ社の世論調査を見てみよう。3月20日すぎまでは、文在寅氏の支持率が3割程度で、安熙正知事が2割弱、安哲秀氏が1割前後で推移していた。
変化が出てくるのは、予備選で安知事の敗色が濃厚になってきた3月28〜30日の調査からだ。この時は、文在寅31%、安哲秀19%、安熙正14%となり、2人の安氏が逆転した。そして、4月3日に予備選は文氏の勝利で終わる。安知事が選択肢から外れた4〜6日の調査での支持率は、文在寅38%、安哲秀35%となった。
他の世論調査会社の調査結果も、すべて同じ傾向を示していた。安知事の支持者には「反文在寅」が少なからずいたので、その人たちが予備選の結果を見て安哲秀支持に移ったのである。
日程的に説明できない「北風」説
関連する日程を、もう一度整理してみよう。
民主党予備選で文在寅氏の優位が固まってきたのが3月下旬。この頃から安哲秀氏の支持率が目に見えて上昇を始めた。文氏が予備選勝利を決めたのが4月3日、北朝鮮がミサイルを発射したのが5日、トランプ政権によるシリア攻撃が6日、空母「カール・ビンソン」の朝鮮半島派遣が明らかにされたのが8日だ。安氏の支持率は4月に入ってさらに上がり、10日ごろまでには文氏と横一線と言えるほどになった。
こうした動きを4月11日付けの日本経済新聞は「安氏、文氏と互角に 対北朝鮮策で保守獲得」と大きく報じた。リードで「安氏が北朝鮮への制裁優先を掲げて保守層を取り込み、一部の調査では文氏を逆転した」と書き、安氏について「3日発表の民間調査機関リアルメーター社の調査では文氏に20ポイント離されていた」と紹介する。それに続くのが、次の段落である。
この1週間で何が起きたのか。米中首脳会談直前の5日、北朝鮮は弾道ミサイル発射を強行。翌6日、トランプ米政権は化学兵器の使用が疑われるシリアのアサド政権軍へ巡航ミサイルによる攻撃に踏み切った。「次の標的は北朝鮮か」との観測が流れ、朝鮮半島に緊張が高まりつつある。
実は、「北朝鮮を巡る緊張の高まりが文氏に逆風となっている」とか「安氏の支持率を押し上げた」などという直接的な表現は一切使われていない。記事の後半部分には、民主党予備選で負けた安熙正知事の支援者を安氏が「一定程度取り込んだもようだ」とも書かれている。ただ、それでも「この1週間」をわざわざ強調するのはトリッキーと言われても仕方ないだろう。
ちなみにリアルメーター社の世論調査結果は3月27日発表(調査は20〜24日)が、文在寅34.4%、安熙正17.1%、安哲秀12.6%。4月3日発表(調査は3月27〜31日)が、文在寅34.9%、安哲秀18.7%、安熙正12.1%で、2人の安氏が逆転。4月13日発表(調査は3〜7日)が、文在寅42.2%、安哲秀34.1%である。やはり安哲秀氏の躍進は3月末に始まったと言うべきだろう。
3日発表の数字は、日経の記事では「20ポイント離されていた」となっているが、私が持っている同社の調査結果では16.2ポイント差しかない。違う調査結果を見て論じているとしたら細かな点で齟齬がある恐れはあるのだが、どちらにしても「北風」の影響を論じるのは難しいだろう。