シリーズ「東芝メモリを買ってほしいところ、買ってほしくないところ」

2017年5月10日

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湯之上隆 (ゆのがみ・たかし)

微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(修士課程原子核工学専攻)を修了後、日立製作所に入社。以後16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、デバイス開発センタ、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて、半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士授与。現在、半導体産業と電機産業のコンサルタントおよびジャーナリスト。微細加工研究所所長。著書に『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)など。

 まず、TSMCが最もいいと思った理由は、名経営者モリス・チャンCEOがいるからである。1970年以降の世界半導体業界の中で、卓越した経営者を3人挙げろと言われたら、インテルを半導体売上高世界一に成長させた故アンディー・グローブ、サムスン電子を半導体メモリの不動のチャンピオンに育て上げた李健煕会長(現在意識不明の重体)、そして、世界で初めて半導体製造専門のファンドリービジネスを始めて、30年間で、世界のファンドリーの60%を独占するまでに成長させたモリス・チャンCEOを挙げる。現在、TSMCは、営業利益率は毎年普通に40%近くを叩きだし、普通に1兆円規模の設備投資を行い、最先端の微細化技術ではインテルをもしのぐようになった。これらは、モリス・チャンCEOの卓越した経営力によるところが大きい。そして、インテルのアンディー・グローブ、李健煕会長、モリス・チャンの中で、現在も最前線で経営の指揮を執っているのは、モリス・チャンただ一人である。

 モリス・チャンCEOの口癖は、「What Next?」で、「次は何をするんだ?次はどうしたら良いんだ?」ということを取締役会で、言い続けているという。そして、ファンドリービジネスを制覇したTSMCは、さらなる成長を求めて、メモリビジネスへの参入を虎視眈々と狙っていたらしい。そのため、東芝メモリ売却のニュースが流れた時、モリス・チャンCEOは、TSMCの財務チームを総動員して、東芝メモリの資産評価を行わせたと聞く。つまり、TSMCは本気で東芝メモリを買いに来たのだ。そして、TSMCが筆頭株主になれば、モリス・チャンCEOの元で、東芝メモリの技術者のポテンシャルが極限まで発揮され、3次元NANDを成長させてくれたに違いないと筆者は期待していた。

 しかし、日本政府が外為法を持ち出したことによって、TSMCは1次入札を取りやめた。つまり、外為法は、世界半導体業界で最も優れた経営者が東芝メモリにやってくる可能性を潰してしまった。

 さらに、2.4兆円の資金を準備した中国紫光集団は、外為法が出てきたことによって1次入札を取りやめた。紫光集団は、自己資金として約6兆円を有し、その背後には中国IC基金18兆円がある。つまり合計24兆円もの資金を持っている。メモリビジネスにとって、欠かすことができない強力な武器となる巨額資金を、東芝メモリも東芝もフイにしてしまった。

 そして、1次入札で最高値の3兆円をつけたホンハイは、2次入札に進むことになった。2次入札では、米ウエスタンデジタル、韓国SK Hynix、台湾ホンハイ、米ブロードコムの4陣営が応札すると見られている(表2)。

 この4陣営でもっとも期待できるのは、辣腕経営者の郭台銘会長率いるホンハイの陣営である。破綻しかかっていたシャープは、ホンハイに買収されたことによって息を吹き返した。中米で巨大液晶工場の建設に乗り出し、赤字も解消した。東芝メモリの経営にも、郭台銘会長の辣腕が生かされるであろうと期待できる。しかし、ホンハイの前には、外為法違反という大きな障害がある。

 結局、日本政府が持ち出してきた外為法違反は、名経営者のモリス・チャンCEOや辣腕経営者の郭台銘会長が東芝メモリのトップに就くことを妨害し、また、TSMC、ホンハイ、紫光集団らが東芝メモリを高値で応札することによって東芝を救う可能性をも潰す愚策中の愚策であると言える。

 一体誰が、こんな無意味な愚策を立案したのだろう? 今からでも遅くないから撤回して欲しいものである。
  
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