2024年4月24日(水)

特別対談企画「出口さんの学び舎」

2017年6月29日

出口:格差がいけないという考え方は、僕は嫌いなんですよ。

中室:私も同じ考えです。

出口:格差は、自然界の中にあるのです。問題は、格差の間の流動性です。そこに、梯子がいっぱいかかっているかどうか。

中室:セイフティネットが存在しているかどうか。そして、能力ややる気に応じて挑戦する機会があるかどうかということが重要だと思います。

出口:70年代に森嶋通夫先生が岩波新書から『イギリスと日本』という本を出されたんです。その本で面白かったのは、「UKは階層社会。でも、入れ替えがしょっちゅうある」と書かれていたこと。割と簡単に成り上がれるんですね。日本ではそれがとても少ないと書かれていました。すごく印象に残っています。

格差は小学校低学年から始まっています

出口:中学受験がトレンドというか、最近は多くの子どもが中学受験するようになっていますよね。

中室:トレンドといっても、東京など首都圏近郊のちょっとした傾向なのではないでしょうか。年度末が近くなると私立小学校の受験が話題になりますが、私立小学校の在籍者数は、全体の1.2%に過ぎません(文部科学省平成27年度「学校基本調査」)。中学校になるとちょっと増えますが、それでも全体の7.0 %程度です(同)。

出口:はい、それくらいでしょう。

中室:児童・生徒数でみれば、やはり圧倒的に公立に在籍している生徒が多いのが現状です。さらに私が先ほど紹介した自治体のデータを用いて分析したところ、学力や非認知能力の学校間分散は、個人の学力分散の5%以下しか説明していません。もう少し噛み砕いて言うと、日本の公立小・中学校は非常に「均質」だということです。

 それにもかかわらず、保護者の社会経済的地位による、子どもの学力や非認知能力の格差は拡大しているとみられています。先ほどの例でいいますと、就学援助率が一番低い学校では0.3%で、一番高い学校では51.4%となっている。51.4%の学校では、在籍児童の半分以上が就学援助を得て就学しているという状況なわけですから、学校は、おそらく極めて厳しい、困難な状況におかれていると考えられます。しかし、現在の教員配置や予算措置などは、児童の「数」を基準にしているわけです。これを続けていく限り、保護者の社会経済的地位による格差は拡大していく一方なのではないかと懸念されるのです。私は、出口さんがおっしゃるように、格差はあってよいと思います。そもそも格差をゼロにすることなどできません。しかし、格差を縮小するような資源配分を行うことこそ、政府が行うべき再分配ということなのではないかと思うのです。

出口:51%のほうには、ベテランのよい先生をつけるとか。

中室:それは1つの方法です。あるいは、51%の学校では、教員の数を大幅に増加させるというのも良いのではないかと思います。

出口:形式的平等性を重んじて公教育をやっていくと、格差が拡大していくという意味ですね。

中室:はい。私が時々、「子どもの貧困」という問題について紹介すると、「私は小さいころ経済的に貧しかったが、一生懸命勉強して大学に入った。だから、経済的な問題は関係ない。本人の意欲や努力の問題である」ということをおっしゃる方がいます。

出口:外的条件が変わってきているんですよね。

中室:教育社会学の専門家であるオックスフォード大学の苅谷剛彦教授の研究によると、親の学歴や所得によって、子どもの「意欲」や「努力」に格差があるということが示されており、苅谷剛彦教授はこの発見を「インセンティブ・ディバイド」(意欲の格差)と名づけられました。

 ですから、経済的な問題は関係なくはないのです。経済的な問題は、子どもたちが意欲をもって努力をすることから遠ざけ、学力を低下させることに繋がっていく。そして、こうした保護者の社会経済的地位による分断は、子どもたちの学齢が低いときから始まっていることも分かっています。私が日本のデータを用いて分析した結果では、子どもたちの学習時間や学力は、小学校低学年のときに既に差がついています。データが限られているので確たることは言えませんが、ひょっとすると、こうした格差の始まりは就学する前にはもう始まっているのかもしれません。親の学歴や所得が高い子どもは、小学校低学年のときに既に、勉強時間が長く、学力が高いのです。こうした事実を客観的に見てみると、「子どもの貧困」を自己責任と捉えることがいかに誤った考え方かということがよく分かります。

出口:親はロールモデルですから、当たり前といえば当たり前ですね。

中室:親の社会経済的地位による格差の拡大がこれほどまでに深刻な社会にもかかわらず、学校における資源配分はいまだ「平等」や「一律」という考え方に縛られている。そうすると格差は拡大していくだけだという矛盾に気づいていないんです。教育というのは、本来、貧困の世代間連鎖を断ち切り、親の社会経済的地位による格差を縮小することができる装置のはずなのですが、この「平等」や「一律」という資源配分が、むしろ格差を拡大させる方向に作用してしまっている。

出口:それはやっぱり、画一性のガンだと思いますよ。

中室:私も非常に強い危機感を持っています。

日本は就学前教育に対する投資が一番少ないんです

中室:私は、教育段階でみれば、就学前の教育にもっと投資したほうがいいのではないかと思っています。先にも述べたとおり、保護者の社会経済的地位による格差は、子どもたちの学齢がかなり小さいときに確認されているからです。

出口:もっと早い段階で、格差を縮小させたほうが、効率がいいということですね。

中室:幼児教育の収益率が高いことを示したノーベル賞受賞者のシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授は、技能の獲得がさらに次の技能の獲得を呼ぶ傾向があることを指摘しています。このため、子どもの学齢が早いうちに技能を獲得させれば、次の段階で更に多くの技能を獲得できるというわけです。カリフォルニア大学バークレイ校のエリンコ・モレッティ教授も著書の中で、大学進学率が十分に上昇しない原因は、大学進学の直前にあるのではなく、もっと前にあると述べ、幼児期に子どもたちに投資をすることが、大学に進学する若者を増やすことになるだろうとの見解を示しています。

 ただ、残念なことに、非常に重要だと考えられる就学前教育に対する投資が十分に行われているかといわれれば、そうではありません。例えば在学者1人当たりの公財政教育支出を教育段階別で比較すると、義務教育段階は国際的な水準をやや上回っていますが、就学前教育は先進国中最下位です。

出口:フランスのように、義務保育にするべきですよ。

中室:就学前教育を義務教育化するという議論も出てきていますね。

出口:僕はもう一つ、中学・高校の3年・3年という分割が本当にいいのかと思っています。僕自身の経験でいえば、中学であらあら習ったことを高校でもう一度やっているような感覚があって、それなら一回できちんと丁寧に教えたほうがいい。この分割は、子どもにとって良くないと思っているんです。

中室:確かにそうかもしれません。

出口:昔、文科省の学習指導要領を読んでみたんですよ。たとえば漢字の配分のところを読んでみたら、1年生で教える漢字、2年生で教える漢字というのがあるんです。簡単にいえば、「青空」という字は、まず「空」という漢字を習うとしますね。そうするとまず「あお空」と教えるんです。

中室:習ってない漢字は書いちゃいけないんですね。

出口:そうなんです。これ見て、腹が立ってきて。

中室:同感です。

出口:一回で覚えたほうが絶対によくわかるし、理解ができる。何年間で教える漢字の総量は決めてもいいけれど、あとは先生に任せればいいんですよ。同じようなことが中学高校でもあるので、中高は6年一貫教育にしたほうがいいような気がします。

*後編(6月30日公開予定)へ続く
 

中室牧子(なかむろ まきこ)
1998年慶應義塾大学卒業後,Columbia University, School of International and Public Affairsで修士課程を修了(2005年,MPA),Columbia University, Graduate School of Arts and Scienceで博士課程を修了(2010年,Ph.D.)日本銀行や世界銀行を経て2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任。著書に『「学力」の経済学』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)など。
出口 治明(でぐち はるあき)
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業。ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2016年6月より現職。
主な著書に
『世界一子どもを育てやすい国にしよう 』出口治明・駒崎弘樹(著)(ウェッジ)、『「働き方」の教科書: 人生と仕事とお金の基本』(新潮文庫)他。



















▼特別対談企画「出口さんの学び舎」
・木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)
・森本あんり(神学者、アメリカ学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)
・池谷裕二(脳科学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)


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